映画鑑賞記

生きない
(1998/日本/101分)
[監督] 清水浩
[原案] 中原文夫
[脚本] ダンカン
[撮影] 柳島克己
[音楽] MAYA

[出演]
ダンカン、大河内奈々子、尾美としのり、石田太郎 、小倉一郎、左右田一平、温水洋一、グレート義太夫、岸博之、三橋貴志、砂丘光男、春木みさよ、村野武範

[評価] ★★★☆☆
 バスツアーに集まった客は皆自殺志願者。それと知らず入院中の親戚の代わりに参加した女性。いよいよ事故に見せかけての集団自殺という段。何も知らない女性も巻き込もうとするのだが・・・。死のうとする人間たちの滑稽な姿を描いたブラック・コメディ。やや中だるみする展開だが一貫したテーマでアピール度は十分。
ストーリー
 おおみそかを明日に控えた沖縄。中型の観光バスの前に立つ添乗員の新垣。これから二泊三日の初日の出ツアーが始まろうという時。そこに9人の客たちが集まってきます。が、添乗員や運転手、バスガイドも含めて、借金や健康、女性問題など悩みを抱えた人間ばかり。実はバス事故に見せかけての集団自殺ツアーなのでした。
 そこに最後に現れた若い女性・小泉。入院して参加できなくなったもう一人の代わりにやってきたのですが、いいカムフラージュになると考えた新垣は小泉の参加を許してしまいます。そして出発。集団自殺のことなど何も知らない小泉がバスの中で無邪気にはしゃぎ始めると、そんな彼女に乗せられて沈んでいた参加者たちも明るく振舞い始めます。
 客たちは死を明日に控えて、最後に楽しもうとする者、普段どおりにする者など様々。一方、新垣は自殺だとばれないように気を配るのに苦心惨憺。やがて奇妙な連帯感で一つになっていくツアー客たち。が、最後の夜、ふとしたことから集団自殺の件が小泉にばれてしまい・・・。

コメント
 黒澤明監督の「生きる」をもじったそうですが、見終わってみると「生きない」は本作の本質をよく表しているタイトル。 "死にたい" のではなく "生きることをあきらめた" 人間たちの姿を見事に象徴しています。本作で意外な才能を見せることになったダンカン氏。コワイ添乗員を演じた演技の方にはムラがありますが、脚本は見事一貫したテーマでつくられているように思います。死を迎える人間たちの滑稽な姿を、徹底したブラックさで表現しているのではないでしょうか。
 物語は、一人の女性がバスツアーに参加、ところがこれが集団自殺ツアーだったことから起こる騒動を描いたブラック・コメディ。バスの運転手やバスガイド、添乗員(ダンカン)までがその対象というおかしさ。が、ただ一人、何も知らない小泉(大河内奈々子)が騒ぎ出すと、今まで止まっていたバスの中の空気が動き出します。そして客たちにも笑顔が見えるようになります。が、それは死を迎える前の一瞬のあがきなのか、それとも生への執着なのか。
 この時きっかけとなる "しりとり" 。その後何回も行われます。客たちの奇妙な連帯感を象徴するこのもしりとり、なぜか "ん" で終わってしまうのは人生の終端をも表すのかもしれません。しかしラストでの "ん" は、最後の言葉ではなく始まりの象徴。最初は違和感を覚えたしりとりでしたが、見事一点に収束させています。
 ちょっと残念なのは、中盤からのやや消化的なシーンもあって中だるみが見られること。また、同じ表現をするのにいくつも同様のシーンを挿入してしまったり、とつくりはいまひとつ。登場人物個々のドラマ性についてもやや薄め。が、これはブラックな感覚を優先させればいたしかたのないところかもしれません。そのブラックさを終始引き摺った本作。ラストもまたブラックなもの。登場人物たちの人生と重ねあわせ、最後の最後までうまくいかない滑稽さをよく出しています。
 "生" という重いテーマを真正面から取り上げておきながら、独特のコミカルな表現でさらりとかわすふしぎな物語。"死" を目前にした人間の滑稽さ、哀れさ、あるいはたくましさを巧みに表現した佳作と言えるのではないでしょうか。
* 評価やコメントは、あくまでも、"もりじょう"の個人的な感性に基づくものです。
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