| 死国 | |
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(1999/日本/96分) [監督] 長崎俊一 [原作] 坂東眞砂子 [脚色] 万田邦実 / 仙頭武則 [撮影] 篠田昇 [音楽] 門倉聡 [出演] 夏川結衣、筒井道隆、栗山千明、根岸季衣、佐藤允、大杉漣 [評価] ★★★☆☆ 十数年ぶりに四国に帰ってきたひな子は、子供の頃親友だったさよりが亡くなっていることを聞かされる。が、誰もいないはずのさよりの家には人影が。やがてさよりの母照子が、死者を蘇らせる"逆打ち"をしていると知るのだが・・・。あまりにも切ない叙情色あふれるホラー映画。原作は伝奇ホラーの名作だが、半ばモンスターものにしてしまった終盤は残念。 |
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ストーリー 空き家になっている家を処分するため、十数年ぶりに東京から四国に帰ってきた明神ひな子。子供の頃に親友だった日浦さよりの家へ行くと誰も出てきません。窓には人影があるというのに。ところが、直後、さよりが十六歳で亡くなっていたことを知り驚きます。父は病院で寝たきり、母はずっと旅に出てると言います。"誰にも話すな"、と真顔で言うさより。かつて偶然から見てしまったその姿。それは、母照子の手で死者の魂がさよりの体に降ろされるところでした。 ほどなくひな子は、秋沢文也とも再会します。さよりと文也とひな子は仲良しでよく三人で遊んでいたのです。今では役所に勤める文也。かつてのひな子はそんな文也に淡い気持ちを抱いたこともありましたが、比奈子が去った後は生前のさよりと付き合っていたのだと教えられます。 互いにさよりの影を引きずる二人。どうしてもさよりの気配を感じてしまうひな子は文也に相談しますが信じようとはしません。しかし、ある時、二人でさよりの家へ入ってみることに。誰もいない部屋。が、ふすまいっぱいに張られていた御札を発見。それは四国八十八ヶ所の札所を回った証となるもの。しかしそれを見た文也は驚きます。回る順番が逆なのです。しかも十五回も回っていることにも気づきます。 そしておぞましい日浦家の儀式を知ることになります。それは、死者の歳の数だけ逆に回る"逆打ち"と呼ばれるもの。すると死者が蘇るというのです。そして照子は間もなく十六回目の逆打ちを終えるところでした。しかし"逆打ち"は、生者と死者を分ける結界を破る危険な儀式だったのです・・・。 コメント 伝奇ホラーの第一人者、坂東眞砂子の同名小説が原作。怖い、懐かしい、切ない、でもやっぱり怖い。終始叙情的な雰囲気が漂う、もの悲しさが残るホラー作品です。 物語は主人公ひな子(夏川結衣)が東京から四国へ十五年ぶりに戻ってくるところから始まります。田舎のバスの中、携帯電話で話しているひな子のどこかアンバランスな違和感。そこがひな子にとっての現在と過去の結界であるかのような印象を受けます。そして、幼馴染のさよりの死を知ることになるわけですが、ここから時折過去の回想シーンへと跳ぶことになります。そこでは、ひな子とさよりの不思議な因縁が描かれ、さよりのおぞましいまでの真の姿が明らかにされていきます。現在のシーンでは死んだはずのさよりの影。過去と現在とをバランスよく配置して見事に恐怖感の相乗効果を出していると思います。 物語の狂気を最も表現しているのがさよりの母照子(根岸季衣)。もはや老婆になった照子の、白髪を乱れるがままに振りかざしての鬼気迫る姿は、果たしてさよりへの愛なのか、それとも口寄せの血筋を守ろうとする執念なのか。さらに寝たきりの父(大杉漣)、研究家の仙頭(佐藤允)といった非日常的な人物が物語の奇怪さを強調しています。そして物語の鍵となる人物、文也(筒井道隆)。非現実的な現象を信じないそぶりを見せる文也は、霊的な志向の強い登場人物たちの中にあって理性の象徴のような存在。それが最後には重要なめぐり合わせになるわけです。 いよいよラスト、という段になるとさよりがついに姿を現します。実は内面的な描写はよく出ています。それは子供の頃からのさよりそのままの姿。見る者に反発と同情の両方を持たせ、複雑な心境を湧き起こさせます。が、何かが違う。そのことへのためらい。そこにこそ微妙な機微や真の悲哀を感じさせるはずなのです、が、個人的にはさよりのモンスターじみた力の表現は商業的にすぎる気がしてなりません。この点ちょっと残念。 物語は淡々と静かに展開していきます。その内容はやはりホラーと呼ぶべきもの。ですが滅茶苦茶怖い、というわけではありませんし、それを期待していいストーリーでもありません。もっと内面的な切なさが重要な物語なのです。結局、つくる側は"ホラー"という概念に捉われすぎてかえって中途半端に、一方で見る側は"ただ怖い体験"をしたい、だから映画を見ても表面的になぞるだけ、になりやすかった映画ではないでしょうか。その点、いくら内面的に質の高さを表現しても認められにくいというホラー映画の宿命にもつながっている、と言っていいでしょう。 | |