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あした

(1995年/日本/142分)

[監督]大林宣彦
[原作]赤川次郎 「午前0時の忘れもの」
[脚本]桂千穂
[撮影]坂本典隆
[音楽]學草太郎、岩代太郎
[出演]高橋かおり、林泰文、朱門みず穂、宝生舞、柏原収史、椎名ルミ、峰岸徹、洞口依子、村田雄浩、田口トモロヲ、小林かおり、小倉久寛、原田知世、坊屋三郎、安田伸、根岸季衣、ベンガル、井川比佐志、岸部一徳、津島恵子、多岐川裕美、植木等

[内容]

 ある日、小型連絡船・呼子丸が遭難。乗客たちの生死は絶望と見られた。三ヵ月後、死んだはずの乗客から、家族や恋人たちに不思議なメッセージが届く。今夜0時呼子浜で待つ、と。彼らが時間通りに浜へ行くと呼子丸が現れ、中から乗客たちが降りてくる ・・・。大林宣彦監督のファンタジー。新・尾道三部作の二作目。亡くなったはずの家族や恋人との再会を果たす感動的なストーリー。はまれば涙モノ。が、やはり現実味は薄い。雑ぱく感の強さもスクリーンに今ひとつ入りきれない一因かも。
[評価]★★★☆☆

cinema review

STORY

 尾道。小型連絡線・呼子丸が遭難。捜索の甲斐虚しく船は海底に沈んだまま見つからず船員と乗客たちの生命は絶望視されていた。三ヵ月後。授業で呼子浜のスライドを見ていた女子高生・朝倉恵の表情が固まる。スライド上に「恵へ、ここで今夜0時に待つ、淳」とのメッセージが書かれていたからだ。高柳淳は呼子丸で遭難した恵の恋人だった。
 女子高の水泳部・安田沙由利は学校の掲示板にあるメッセージを見つけて驚く。さゆりへ、今夜0時に呼子浜に来てくれ。それは呼子丸で遭難した水泳部のコーチ・唐木隆司からのものだった。しかしそのメッセージをもうひとりのさゆり、隆司の同僚・小沢小百合も読んでいた。二人のさゆりは自分と思い込み、それぞれの想いを胸に浜へと向かう。
 会社員・永尾要治はある電子メッセージを受け取って戸惑っていた。それは娘・静から、今夜0時呼子浜に会いに来てとの内容だった。しかし娘と妻は呼子丸とともに海底に沈んだはずなのだ。その頃、ヤクザの親分・金沢弥一郎は、親友の床屋に得意げに孫からの手紙を見せていた。そこには、今夜0時呼子浜におばあちゃんと会いに来ると書かれてあった。弥一郎の妻と孫はやはり呼子丸で遭難していた。一方、呼子丸で夫を亡くした会社社長・森下美津子は、夢の中で夫の声を聞く。今夜0時呼子浜へ、と。美津子は秘書の一ケ瀬布子とともに浜へ向かう決意をする。その布子は亡くなった社長の愛人だった。
その日、原田法子と綿貫ルミは二人で旅行に訪れていた。しかし帰りの船に乗り遅れてしまう。一文無しの彼女たちは呼子浜の船着小屋に泊まることに。夜、そこに弥一郎一家が現れ怯えるが、法子は子分の一人を見て驚く。そのチンピラは、10年前親しくして、突如離れ離れになった同級生・大木貢だったからだ。
 小屋には次々と人々がメッセージに引かれてやってくる。やがて午前0時。桟橋に沈んだはずの呼子丸が現れる。そこから降りてきたのは、死んだはずの彼らの家族や恋人たちだった ・・・。

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COMMENT

 大林宣彦監督のファンタスティックな人間ドラマ。前作「ふたり」に引き続き、赤川次郎の原作を採用しています。のちに「あの、夏の日」が製作され、この三本がいずれも尾道を舞台にしていることから、「新・尾道三部作」と呼ばれるようです。
 物語は10年前から始まります。ある小学校。法子という少女が仲の良かった(と推察されるが描写はない)貢と不意の別れをむかえます。次は三ヵ月後、ある床屋が襲撃され、中にいた客のヤクザの親分・弥一郎(植木等)がけがをします。そして現在。しかしこの三人が再登場するのはしばらくしてから。次から次へと、午前0時に呼子浜で待つとのメッセージを、死んだはずの家族や恋人から受け取り、各々が浜へと向かうのです。
 人物紹介もままならないままに多数の登場人物と様々なシチュエーションを短時間で描き出した序盤ですが、さすがに雑ぱく感が強すぎ、物語に入る込むにはかなりのプレッシャーとなります。この登場人物とモチーフの多さは後々にまで波及。誰に焦点を置いていいのか戸惑い、感情移入のしどころがいまひとつつかめない印象があります。このあたりは、人物像をじっくり浮き彫りにすることの多い大林監督らしからぬ展開。やや残念なところではあります。
 中盤。遭難したはずの呼子丸が呼子浜へと到着。中から降りてきたのは愛する家族や恋人。一旦は亡くなった彼らは、後に残した家族や恋人に、生きている時にした約束を果たすために一晩だけ戻ってきたのでした。
 実は、作品の冒頭にはこの作品のテーマが直接語られています。ひとは約束する ... ときには「さようなら」を言うために ... 、というのがそれで、物語は、様々な約束の形を生者と死者の再会という一点に昇華させています。荒唐無稽なシチュエーションでありながら、登場人物たちの想いがそれを上回り、感動的な各シーンへと行き着いているのは確かです。それぞれの人間群像劇が実にドラマティックではないでしょうか。ストーリーそのもののおもしろさは相変わらず見事といえるでしょう。
 一方で、バックには、静かながら常にBGMが流され、これまたいかにも創作的な作品という印象を受けます。そのかわり、大林監督にしては気をてらったカットがないのも特徴的。帳尻合わせというわけではないのでしょうが、現実味のある演出と非現実的な演出とのバランス感覚が、常に大林作品の持ち味になっていると言えます。
 やはりポイントは、非現実的な展開をどこまで受け入れられるかにあると思います。それにしては終始雑ぱく感が払拭できなかったのは残念ではあります。各々の人物にまつわるモチーフが感傷的なだけに、ちょっと損をした映画のような気がしてなりません。

(ジェネオン エンタテインメント)
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大林宣彦
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- 新・尾道三部作 -
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「あした」(1995)
「あの、夏の日」(1999)

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