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祇園囃子ぎおんばやし (1953年/日本/85分)
cinema review ![]() STORY
京都。芸者・美代春の家に、栄子という16歳の少女が訪ねてくる。母が亡くなったあと、叔父に冷遇され飛び出してきたのだった。父・沢本はかつては羽振りが良く美代春の上客だったが、今では事業に失敗し、さらに体を壊してひとり西陣に移り住んでいる。父を嫌う栄子は行く当てもなく、一方では母がしていた舞妓になりたいと願い、懇意の美代春を頼ったのだった。
無邪気な栄子を見て最初は反対した美代春だったが、しまいにはその熱意に負けて弟子入りを許してしまう。それから一年間。栄子は下働きをしながら、お花にお茶、踊りなど習い事に努め、美代春の妹・美代栄として初出しの日を迎える。一方美代春は、栄子を店に出すために30万の費用を、出入をしている茶屋・よし君の女将に借りていた。 やがて、車両会社の御曹司・楠田が美代栄を気に入り、旦那になりたいと申し出てくる。一方、国の役人・神崎は美代春に執心。神崎は、国との大取引をまとめたい楠田の接待相手だ。しかし美代春は、好きでもない相手に囲われることを嫌い、また、無垢な美代栄がこれで汚され傷つくことを心配していた。 が、ある時美代春は、借金した30万の出所が楠田であることを、よし君の女将から聞かされて驚く。そんな中、その楠田が美代栄を東京出張の供に誘う。美代栄は東京見たさに承諾してしまい、美代春も誘われれば断りきれない。が、東京では神崎が美代春を待ち受けており、一方の楠田も、無理やりにでも美代栄と閨を共にしようと考えていた ・・・。 ・・・ ![]() COMMENT
原作は古くは「愛染かつら」、時代劇ファンなら「新吾十番勝負」でおなじみの川口松太郎。溝口健二監督が、芸者の世界を生々しく、しかしあまりにも繊細に描き出しています。ドラマのみならず、芸者を演じた二人の主人公・木暮実千代と若尾文子の美しさ、さらには古い祇園の街並み、と、何十年も経った今見るからこそ得られる新鮮さは感動的ですらあります。今後は、古さに埋もれたこうした名作が、次々と見直されていくのだろうと思います。
物語の舞台は戦後しばらくしての京、祇園。ある時、芸者・美代春(木暮実千代)は縁あって栄子(若尾文子)という少女を弟子にします。やがて栄子は人気の舞妓となりますが、実業家の楠田(河津清三郎)が栄子の旦那にと近付き、一方の美代春には、楠田の接待相手で役人の神崎(小柴幹治)が一目ぼれ。しかし美代春は、愛のない相手との営みを厭い神崎を袖にしてしまいます。また栄子も、楠田に迫られてはじめて、舞妓の世界には汚れた世界があることを悟り、これを拒んでけがを負わせてしまうのです。 作中、茶屋とあるのはここでは料亭のことでしょう。旦那、とあるのは、おそらくスポンサーのことであるようです。それは芸者にとって名誉なことかもしれませんが、美代春は、好きでもない相手とは ・・・、と、旦那を持つことを拒むわけです。水ものの世界に身をおきながら、清廉な人柄であることが良くわかります。この美代春は天涯孤独の身。そして栄子(美代栄)もまた、母を失い、他人同然の実父や叔父から逃げ出してきた境遇。孤独な境涯である二人ですが、祇園の世界では、美代栄は美代春の妹、美代栄は美代春の姉さん、と呼び合い、それは互いの絆を無理やりにでも確かめ合っているようにも感じられます。さらに茶屋の女将(浪花千栄子)をお母さん、と呼ぶシーンもしばしば。こうした擬似的な家族意識によって、この不確かな世界の人々は支え合って生きていたのかもしれません。しかし、ここでもう一つ注目したいのが、栄子と父親・沢本の関係でしょうか。沢本(進藤英太郎)は娘・栄子の保証人になるのを断っておきながら、栄子が成功したのを見ると近付いてゆくのです。それは親が娘を想う愛情なのか? しかしやがて、沢本は、美代春に金の無心を頼みに訪れます。実の親娘関係が利害によって汚され、逆に血のつながりのない美代春と栄子の絆が深まってゆく。そこには皮肉な人間模様を感じますが、一方では人間同士の真の繋がりとは何かを問いかけているようでもあります。 物語では、芸者の世界を生々しく描いています。前半、稽古の先生が言います。「芸者は無形文化財」だ、と。一方では、戦後、民主憲法が制定され、祇園の封建社会にも変化が起こりつつある様をさりげなく描いています。芸者の世界にあこがれて入った栄子はいかにも邪気の無い少女。一時は、東京の銀座を芸者の姿で歩こうとするほどに誇りを身に着けます。が、やがて、現実の厳しい現実に触れ、絶望へと傾いてゆくことになります。芸者は日本文化と言いつつも、「現実は金で買われる世界」と、辞めようと決意する栄子。しかし物語はそこで終わりません。絶望の中から立ち直っていく姿も映し出しています。ラストは美代春と美代栄が二人そろって祇園を歩いてゆく姿で幕を閉じます。背景に流れるのは祇園囃子。それは虚飾の世界の象徴と呼べるのでしょうか。その華美な調べに乗せられる客と芸者。祇園囃子が囃し立てるものはその者たちの人生であるかのようです。 いずれにせよ、美代春と美代栄のたどる道とは、理想と現実を融合させたことになるのか、それとも現実に媚びたことになるのか。しかし確かなことは、美代春と栄子の絆が生きる原動力となったことでしょう。物語の中ほど、美代春が義理人情の大切さを説くくだりがあります。最後、二人は互いの絆を新たにし、寄り添い合って生きてゆく決意を固めるわけです。現実がどうあろうが人情こそが唯一の真実である、そんなことを物語は語りたかったのかもしれません。決してハッピーエンドではない、むしろ悲劇的なストーリーなのですが、最後は不思議な爽快感がただよいます。もう一度見たいと思わせるに十分な結末でした。 祇園という派手な世界をモチーフとしながらも、その裏側の厳しい現実を浮き彫りした本作。しかし、やがて祇園が、一つのシチュエーションに過ぎないことが分ります。その本質は、名作文学のような奥深い人間ドラマであり、人の世界を機微を十二分に感じ取ることができるのではないでしょうか。全盛期の溝口ドラマを体感するにふさわしい一本かもしれません。 |
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