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理由(2004年/日本/160分)
cinema review ![]() STORY
1996年9月30日、板橋区のある交番に、旅館片倉ハウスの娘・片倉信子が蒼白な顔で訪れる。四ヶ月間行方不明中の荒川一家四人殺人事件の容疑者・石田直澄が家にいるというのだ。家族はそれを知りつつ匿い、自分はその石田直澄に頼まれて警官を呼びに来たのだ、と。
1996年6月2日未明、荒川区のマンション・ヴァンダール千住。管理人・佐野利明は住人から人が落ちたとの通報を受ける。調べに行くと茂みの中から若い男の死体を発見する。同じ頃、仕事から帰って来た2024号室の住人・葛西美枝子は、隣室2025号室の前を通る時、玄関が開いているのに気付く。のぞいてみると中で人が横切るのを目撃。玄関床には血のあとが滴っていた。後に、現場から去ったと思われる中年男が監視カメラに映っていたことがわかる。 警官が2025号室を調べに行くと中には中年夫婦と老婆の三人の死体が横たわっていた。2025号室の持主は住民台帳によると小糸信治となっていた。家族は妻・静子と長男・孝弘。警察は早速武蔵野市に住む信治の姉・小糸貴子に連絡する。しかし遺体の確認をした貴子は驚愕する。四人ともがまったく知らない人物だったのだ。 間もなく、小糸一家が静子の実家に住んでいることが判明。が、警察が着いた時、一家三人はすでに逃亡したあとだった。一方、2025号室には、不思議にも7人の人物が出入していたことが明らかになる。車椅子の老婦人と若い嫁、主人らしき中年男、妹らしき派手な女、息子らしき青年、行儀の良い少年、そして夫婦の身内らしき男。警視庁捜査一課の警部・田島稔は、彼らが違法に人の家に住み着く占有屋ではないかと推理する。 同じ日の朝、江戸川区にある宝食堂。宝井綾子が赤ん坊を抱えて家に帰ってくる。綾子はひどい高熱で倒れ、病院に運ばれる。急性肺炎だった。その時、付き添っていた弟・康隆は姉から驚くべきことを耳にする。祐司を突き落とした、今まで荒川の事件の現場にいた、と。八代祐司は綾子の赤ん坊の父親で、子供ができたとわかり綾子を捨てた男だった。 同日夕方、一旦は逃亡した小糸信治が出頭してくる。小糸はマンションを買ったもののローンが払えず差し押さえられ、マンションは競売にかけられていたのだ。買受人は石田直澄。住所は千葉県浦安市の古びたアパート。年老いた母と二人の子供と住んでいた。が、石田は、母・キヌ江に自分は無実だと電話を入れた後逃亡。行方不明となる。しかし警察は石田直澄をマンションから去った中年男と断定。指名手配をかける ・・・。 ・・・ ![]() COMMENT
宮部みゆき原作のミステリーの映画化。原作同様に、事件関係者の証言を中心に展開させるという変わったつくりをそのまま踏襲しています。バブルの崩壊と法の非情さ、あるいは必要悪との矛盾、これらを通して家族意識の欠如が生む現代社会の悲劇を浮き彫りにしていきます。
物語は、ある高層マンションの一室を、小糸信治(山田辰夫)一家が購入したことに端を発します。小糸はローンを払えず部屋は差し押さえに。そして知り合いの不動産屋・早川一起(石橋蓮司)に相談。義侠心の熱い早川は小糸に同情し、部屋に占有屋を住まわせ高額での転売を目論みます。 そうと知らずに小糸の部屋を買い受けたのが石田直澄(勝野洋)。しがない労働者の石田は家族の絆を持とうと考えます。そして子供たちに財産を残してやろうと思い、競売にかけられた小糸のマンションを買受。しかしそこにはすでに占有屋が住み、そしてある夜、惨劇が起こってしまうというわけです。 物語は事件の謎を巧みに提示しつつ展開していきます。発生した一家四人惨殺事件。しかし被害者は、十人であるはずの小糸一家ではないことが判明。やがてそれが占有屋の砂川一家だとわかるのですが、さらに主以外の家族はすべて偽者であることが判明するのです。そして、それぞの人物が抱える悲哀が、静かな感動を生んでいくことになります。 膨大な数の登場人物ですが、雑ぱく感はありません。ベテラン監督らしい美しいつくりといえる気がします。ただし、エンターテイメントという観点からは面白さはちょっと退行します。常に客観的な視点から事件が語られるわけですから、物語に没頭というまでには至りません。それが狙いとはいえ、感動の度合いがやや失われたことは確かでしょう。何よりほとんどが文字とせりふによって進行しているのは残念。ラジオでも間に合うのでは?とは言いすぎですが、このつくりで2時間40分はさすがに長すぎます。見ている最中からすでにぐったり。しかも淡々とした流れでこうなのですから、もう少しコンパクトにしてほしかったところです。 物語は終盤、唐突に一人の若者に着目します。事件の真犯人・八代祐司(加瀬亮)は恋人・宝井綾子(伊藤歩)が赤ん坊をはらむと何のためらいもなく別れ、まったくの責任感も罪悪感も持ちません。そして占有屋となってからも勝手に石田直澄を脅迫。金を持ち逃げしようと企むのです。 この人物には同情の余地がないように思われます。が、捨てられた宝井綾子は言うのです。家族の温かみを知らないかわいそうな人、と。物語は、八代祐司のような人間が現代社会には多く存在する、と結びます。このような事件はいつでも起こりうる、との余韻を残し物語は幕を閉じるのです。 家族の崩壊をモラルの崩壊と結び付けているところに本作テーマの奥深さ、つまりは現代社会の悲哀があります。社会派としての顔を持つ原作者の、非常に鋭い視点だろうと思います。しかし一方で、物語は石田家を通して、家族の意義を訴えかけているようでもあります。母親を失い、裕福でもないこの家庭を、娘・石田由香里(宮崎あおい)は、屈託のない笑顔で「好き」だ、と話すのです。が、驚くべきことに、この石田家のだんらんさに違和感を覚えてしまいます。それはまさしく、本作が描いた現代社会の家族意識の欠落なのだろうと思います。 |
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原作本
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