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どですかでん(1970年/日本/126分)
cinema review ![]() STORY
ある貧民街。電車好きの六ちゃんはははおくにと二人暮し。毎朝出かけては瓦礫場に行って一日中電車の運転の真似事をして帰ってくる。おくにはそんな知恵遅れの六ちゃんを哀れに思いつつ咎めることなく暮らしている。そんな家の壁や窓には、六ちゃんの描いた電車の絵が一面に貼られていた。
ある夜、人夫の益夫と弟分の初太郎がいつものように酔っ払って帰宅。家で飲んでいるうち、益夫は初太郎の女房と、初太郎は益夫の女房とできてしまい、そのまま暮らし始める。一方の沢上家は五人の子供でにぎやか。さらに母・みさおのおなかには赤ちゃんが。子供たちは皆別々の男の子だが、夫・良太郎は頓着することなく、妻を責めることもなく、自分の子供として育てていた。 さらに、顔面神経痛の島悠吉は、皆に好かれすこぶる評判の言い人だった。しかしその女房はケチで図々しく皆に嫌われていた。悠吉にも辛く当たるが、別れる気はない。逆に女房の悪口を言う同僚につかみかかるほどだ。 綿中家の妻おたねは現在入院中。夫・京太は働くことなく一日中酒を飲み、文句や屁理屈つをこねながら、おたねの姪・かつ子に内職をさせて生計を立てている。かつ子はただ黙って働くが、酒屋の小僧・岡部はいつも同情して気にかけていた。また、平さんは死んだような様子の中年男だ。しかし喧嘩を売られても死神のような目で見据え誰も相手にできなかった。 ある深夜、職人のたんばさんの家に泥棒が入る。気付いたたんばさんはなぜか泥棒に財布を渡してまた貯めておくから、と言って返してしまう。やがて他の場所で捕まった泥棒は、みずからたんばさんの家に忍んだと白状していた。 街の一角には廃車の中で暮らす浮浪者の親子があった。子供は毎日繁華街で食料をもらいにまわって何とか生活をしていた。しかし父親は、想像の中で家を建てるのに夢中で子供に食べさせてもっらているも同然だ。近所の女房たちは、お高くとまったようなこの父親を相手にしたがらなかった。そんなある日、子供が食中毒を起こして倒れてしまう。しかし父親は右往左往するばかり。また綿中家ではかつ子の妊娠が発覚。しかしかつ子は、なぜか父親の名前を言おうとしなかった ・・・。 ・・・ ![]() COMMENT
山本周五郎原作「季節のない街」の映画化。ドラマ化や戯曲化も試みられており、それなりに有名な作品ではあります。貧民街に暮らす様々な人間たちの人生模様を浮き彫りにしています。黒澤明監督は山本周五郎作品をよほど気にいっていたらしく、痛快娯楽作「椿三十郎」も「日々平安」という短編が原作。「赤ひげ」も原作は「赤ひげ診療譚」。さらに、後に映画化された「雨あがる」、「どら平太」(原作は「町奉行日記」)、「海は見ていた」(原作「つゆのひぬま」他)は、いずれも黒澤明脚本作品。人間の本性を真摯に見つめる目、そして虚と実、という点ではどれも黒澤映画全体のテーマに沿った作品なのかもしれません。
“どてすかでん”、とは、冒頭に登場する六ちゃん(頭師佳孝)のことば。知恵遅れの六ちゃんですが、自分は一人前の電車運転手のつもり。毎朝架空の停車場へと出勤し、電車を運転して夜帰ってきます。六ちゃんによると、電車が走る音が、この、どですかでん、なのだとか。おそらくは、人生のあるがままの姿(人間の表裏)を音として象徴させタイトルなのだと思います。それは、六ちゃんの家の壁一面の、色とりどりの電車の絵でも象徴されています。 物語はオムニバス風でもありますが、登場人物のエピソードが独立して語られます。膨大な数の登場人物で、時に彼らは交錯することもあります。それでも作品のテーマはあくまでも一つ一つの出来事に依り、そして深められているのがミソ。本作が醸成している奥深さ、懐深さはこんなところに一因があるのでしょう。しかし舞台は一つ。何とも異色なつくりと見れます。 物語は、さまざまな登場人物の生き様とも呼べない人生を、日々の暮らしから伝えています。想像に生きる人々、現実に向かい押しつぶされる人々、あるがままの現実を受け入れる人々、あるいは過去にのみ生きる人々。人間個々にとって、それぞれの世界とは一体何なのか? それは物理的な広さではなく、かといって豊かな世界とも限らない。心の豊かさのみでは生きていけない現実をも物語は浮き彫りにしています。一個の人生の不思議さが見事に表現され、見る側も不思議な喜怒哀楽を体験するのではないでしょうか。彼らのいかにも不条理な言動。人間そのもの、さらには社会の複雑怪奇さは、ルールによって成り立っているのではないということを強く匂わせます。それは黒澤監督の社会観なのかもしれません。 表現という点ではやはり黒澤監督の実力はずば抜けています。本作でも人間の持つ泥臭さが力強く伝わっているのが分ります。ただし、物語映画としてのおもしろさは大幅に失われた感があります。この点、まるでドキュメンタリーのよう、と感じられるのではないでしょうか。個人的に、文芸作品としては高い評価を付けたいところですが、おもしろさでは最低の部類。すべての映画がおもしろい必要は必ずしもありませんが、おのずと限界もあるかと思います。本作の人気のなさは、おそらくは誰が見ても納得ではないでしょうか。 |
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