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どん底(1957年/日本/137分)
cinema review ![]() STORY
江戸時代。そこは回りを土手に囲まれた小さな長屋だった。その中に一軒のあばら家がる。中ではどん底にまで落ちた人間たちが住み暮らす。昔は旗本だったとうそぶく“御前”、飴売りのお滝、鋳掛け屋の留吉と余命いくばくもない女房、夢想に耽る夜鷹のおせん、年中五臓六腑を酒毒に侵されたと嘆く“役者”。他にも、賭博師の喜三郎、桶職人の辰、二人の駕篭かきに下駄職人の卯之吉、そして隣には盗人の捨吉が住み、さらに下っ引きの島造が遊びに出入をする。にぎやかだが皆自分のことで手一杯。いつかここを抜け出そうと考えるものばかりだった。
ある日、長屋に嘉平という遍路姿の老人が泊まりに来る。老人は様々な話で、長屋の住人たちを潤った気持ちにさせ、将来の希望を感じさせてゆく。その一人、鋳掛け屋の女房は死ねば苦しみがなくなると聞いて安堵し、役者は病を治す気力を取り戻しつつあった。喜三郎や辰たちは嘉平をうそつき呼ばわりするが、強く責める気にはならず、かえってどこか穏やかな気分になるのだった。 ほどなく、あばら家に大家の女房・お杉がやって来る。お杉のねらいは捨吉で、誘惑しては主人を殺すようそそのかすが、捨吉の方はお杉の妹・おかよに執心。しかし当のおかよは無頼人の捨吉の気持ちを受け入れられないでいた。そこに大家の六兵衛が現れる。女房を罵り、捨吉につかみかかると、逆に捨吉が大家を殺しそうになる。が、そこで嘉平が声を上げて何とか事なきを得る。 事情を察した嘉平は、捨吉にはお杉に関わるなと忠告し、おかよには捨吉とここを出て行くよう諭す。しかしおかよはなおも決心が付かない。そしてほどなくすると、大家の家から激しい悲鳴が聞こえてくる。おかよの声だった ・・・。 ・・・ ![]() COMMENT
「どん底」はゴーリキー(映画での記述はゴーリキイ)の代表作。舞台劇としても有名です。そして本作は、黒澤明監督お得意の舞台悲劇の映画化であり人間群像劇ということになるでしょう。そのせいか舞台の再現、の感があり、限定されたシチュエーションがさらに印象を強くしています。内容は決して明るさを帯びず、救いのなさが目立ちますが、不思議と優しさがにじんでいる作品。何より観る者の思想を重ねやすい映画であるかもしれません。
物語の舞台は江戸時代のある小さな長屋。物語の多くは、その中の一軒、とても人間が住んでいるとは思えないあばら家で展開されます。住んでいるのは社会の最下層で生きる人々。日々の生活にも困る貧困。自分一人生きることで精一杯。罵り合いや喧嘩の絶えない場所でもあります。が、いざとなれば皆でなけなしの金を出し合って援け合うという奇妙な均衡がここにはあります。実は映画の冒頭はやや雑然としています。この長屋に住む人々を紹介しつつ、その貧しい生活ぶりを伝えているわけですが、誰が主役とは示されません。この点、どこに焦点を置いて良いのか戸惑いがちな序盤です。 が、ここに遍路姿の老人(左卜全)が登場します。脅されたり罵倒されたりしても飄々として動じず、のらりくらりと相手を丸め込んでしまいます。その象徴的なシーンが余命少ない鋳掛け屋の女房(三好栄子)とのやりとり。あの世に行けば苦しみはなくなる、と老人。ところが女房は言うのです。もっと生きたい、と。すると老人、励ますのかと思いきや、生きてどうする? と諭すわけです。何ともやりきれないシーンでもあるのですが、人が尊厳を保つには死を選ぶしかない、貧困を生見そして差別する社会への痛烈な批判が込められているように思います。 しかしこの老人もまた、主役とは言い切れません。まわりに希望を抱かせたかに見えましたが、いざトラブルに巻き込まれそうになると、こそこそと長屋をあとにしてしまいます。盗人か詐欺師でもあったのか。しょせんどん底はどん底。まともな人間は集まらない。あくまでも物語は救いを拒みます。 物語のクライマックスもその象徴でした。因業な大家の義妹・おかよ(香川京子)を好きになった捨吉(三船敏郎)。その愛は真実に見えました。が、捨吉に嫉妬したおかよの姉・お杉(山田五十鈴)が乱行。結局この愛は実ることなく、悲劇的な結末を迎えてしまうわけです。 そして最も印象的なラスト。打算的な賭博師・喜三郎(三井弘次)がいつになく前向きになり、周りに酒をすすめるやさしさを見せます。老遍路のせい、というわけで酒盛りと踊りが始まるわけですが、その直後、希望を抱いてあばら家を出たはずの役者(藤原釜足)が自殺をしたとの報せが。喜三郎は苦々しげに言います。折角の踊りをぶちこわしやがって、と。しかしそれは役者に対する怒りではなく、社会や貧困に対する憎しみを表現したものでした。 誰一人として幸福な末路をたどらないという救いのなさ。その暗さを通じて人間の尊厳とは何かを問い、貧困と社会への批判に結び付けたと言えるでしょう。一方で、明確なメッセージが多いわけではなく、むしろさりげないモチーフで考えさせるのが、本作の見事なところだと思います。決して見やすくはないはずですが、不思議ともう一度見たくなる映画。黒澤群像劇の真髄とは言い過ぎでしょうか。 |
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