「映画で読むクリスティー」
・・・ アガサ・クリスティー原作の本格ミステリー ・・・
アガサ・クリスティー(1890-1976)はイギリスが生んだミステリー作家。ミステリーの女王と呼ばれ、エルキュール・ポワロやミス・マープル、トミー&タペンスなどの名探偵を生んでいます。その作品数は250本以上にも及び、史上最大の流行作家と呼べるでしょうか。 それなら映画化も星の数ほど、と思いきや、さほどでもなく、映像化のほとんどはテレビドラマ。そもそも本格ミステリーの映画化は難しいようで、このジャンルの映画自体が少ないことを考えればいたしかたのないことかもしれません。今回はそんなクリスティー原作の映画をいくつか振り返ってみます。
◆元祖 “結末を誰にも話すべからず” 「情婦」(1957)
[監督] ビリー・ワイルダー
[脚本] ラリー・マーカス、ビリー・ワイルダー、ハリー・カーニッツ
[出演] マレーネ・ディートリッヒ、チャールズ・ロートン、タイロン・パワー
[内容] 法曹界の重鎮サー・ロバーツのもとに、殺人の嫌疑をかけられた男レナードがやって来る。被害者は金持ちの未亡人ミス・フレンチ。レナードは無実を主張。妻クリスチーネも夫のアリバイを言い立てる。しかしその後、被害者の遺産がレナードに渡ることが判明し警察はついに逮捕。そして裁判。サー・ロバーツは裁判を有利に展開。無実が認められつつあった。が、クリスチーネは証言台に立つと突如証言を翻し、レナードが犯人だと言いはじめる ・・・。
原作はクリスティーの戯曲「検察側の証人」(原題 "Witness for the Prosecution" )。二転三転する真実の行方。目が離せない展開の上に、主人公三人のキャラクターがよくつくりこまれており、この当時のミステリー映画としては究極のデキとなりました。 物語のポイントは、はたしてレナードは本当に殺人を犯したのかどうか? 時にレナードを犯人と思わせ、時に無実を匂わせる。このワイルダーの観客心理の誘導には見事に乗せられてしまいます。しかし物語はさらに凄まじい展開を見せます。夫を愛していたと思われていた妻クリスチーネが突然反旗を翻すのです。そして極め付きは、ここで登場する謎の女。ウィルフリッド卿は女の証言により、ついに真実にたどり着くわけです。が、しかし ・・・。 本作は「誰にも結末を話さないでください」、と銘打った元祖でもあります。そのラストは決してハッピーエンドではありません。が、希望に満ちたものと取れ、何より愛の尊さと強さを証明した感動のラストでもあります。最後、ウィルフリッド卿の決め台詞は爽快感すら醸出し、見る者の心の中に余韻を残します。物語の続きを見る者に託したと解釈するのは行き過ぎかもしれませんが、そんな楽しみをも感じられてなりません。 ただし、唯一の欠点はこの陳腐な邦題。もう少し何とかならなかったのでしょうか?
◆豪華絢爛!エルキュール・ポワロ参上 「オリエント急行殺人事件」(1974)
[監督] シドニー・ルメット
[脚本] ポール・デーン
[出演] アルバート・フィニー、ローレン・バコール、マーティン・バルサム、イングリッド・バーグマン、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・カッセル、ショーン・コネリー
[内容] イスタンブール発のオリエント急行。その一等客車内で、富豪ラチェットの刺殺体が発見される。折しも列車は雪で立ち往生。鉄道会社の依頼で名探偵ポワロが捜査を開始する。被害者の部屋にはアームストロングと書かれたメモ。ポワロはそれがアームストロング令嬢誘拐殺人事件のことだと推理する。アームストロング家の幼い娘が誘拐。身代金を払ったにもかかわらず死体で発見。その後夫人は悲しみのあまり病死。父親も自殺したという悲惨な事件だった。しかも、手下は捕まったものの主犯はいまだ野放しだ。しかし今回の事件と一体どんな関わりがあるのか? 容疑者は一等客車の客12人。ポワロは聞き込みをすすめていくうち、客たちの驚くべき共通点に気づく ・・・。
映画における名探偵エルキュール・ポワロの名を不動のモノにしたのが本作。豪華絢爛たるセット。新旧スターを集めた贅沢なキャスティング。ドラマティックなストーリーに個性的な登場人物。結末が分ってもまた見たくなる、というまさに、ミステリーを超えたミステリーと呼べるでしょうか。 ポワロ演じるはアルバート・フィニー。これが凝りに凝ったメイクと演技で、そのせいかどうか、フィニー=ポワロはこれ一本のみ。強烈な灰汁を持ったポワロをじっくりと堪能したいところです。 そして監督は社会派の色が強いシドニー・ルメット。密室空間でも閉塞さを感じさせない技はルメット監督のオハコ。本作でも列車内という限られた空間をフルに活用し、緻密なカットを提供しています。そのカットの中で豊かな表情を見せる名優たちはもちろん見所。ミステリーの名作であると同時に、映画ファンならツッコミどころ満載の作品と言えます。
◆ポワロ再び! エルキュール南国に現る 「ナイル殺人事件」(1978)
[監督] ジョン・ギラーミン
[脚本] アンソニー・シェイファー
[出演] ピーター・ユスチノフ、ジェーン・バーキン、ロイス・チャイルズ、ベティ・デイヴィス、ミア・ファーロー、デビッド・ニヴン
[内容] 資産家の娘リネット・リッジウェイは、親友ジャクリーンから婚約者サイモンを奪い結婚。ナイルへの新婚旅行へ赴く。
しかし復讐に燃えるジャクリーンも二人を追う。そしてある朝の船の中、リネットが部屋で銃殺されているのが発見される。乗り合わせていたポワロは捜査を開始。しかし最も動機の強いジャクリーンにはアリバイが。一方、他の乗客たちのすべてが、リネットに恨みや妬みを持っていることが判明する。ポワロには誰もが犯人のように思える。そんな中、予期せぬ第二の殺人が起きてしまう ・・・。
ピーター・ユスチノフ・ポワロ第一弾。アガサ・クリスティーの原作では「小男」なのですがピーター・ユスチノフは見るからに「大男」。しかしユーモラスな演技と愛嬌のある風貌で人気を博しました。一方では原作通りの高慢ちきぶりも見事に表現。人間味のあるポワロ像を確立したように思います。 本作の舞台はナイル川を航行する豪華客船。エジプトの古代遺跡に囲まれた異国情緒たっぷりの豪奢な雰囲気が娯楽色を高めています。何より豪華なキャスティングとドラマティックなストーリー、意外なプロット、と、ポワロものでも非常に人気が高い一本。時間の経過とともに何が起こったのか? 仮説のシーンをいちいち映像にして説明するあたりは何とも親切なつくり。多数にわたる登場人物、次々と起こる殺人事件、これらの複雑さを実に分りやすく構成しています。このあたりはサービス精神旺盛なギラーミン監督のカラーが出たのかもしれません。 それにしても最後は本格ミステリーの醍醐味を十二分に味わえるトリック。その大胆で緻密な犯行には感動すら覚えます。 「オリエント急行 ・・・」もそうですが、ミステリー映画の真髄は見終わった後にこそある、とは名言。本作も同様で、トリックが分っても再び見たくなってしまう魅力は十分。繰返し堪能したくなる稀有なミステリー映画ではないでしょうか。
「地中海殺人事件」(1982)
[監督] ガイ・ハミルトン
[脚本] アンソニー・シェイファー
[出演] ピーター・ユスチノフ、ジェーン・バーキン、コリン・ブレイクリー、ニコラス・クレイ、ロディ・マクドウォール
[内容] 地中海のリゾート島。元女優のアリーナが日光浴中に殺されているのが発見される。保険の調査に訪れていたポワロは事件を捜査。間もなく、浮気相手や仕事仲間など、ホテルの客皆がアリーナに関わっており、動機を持っていたことを知る。が、彼らには皆アリバイがあった ・・・。
ピーター・ユスティノフ版ポワロ第2弾。原作は「白昼の悪魔」。監督はジョン・ギラーミンからこれまた大物のガイ・ハミルトンに変更。ただし、ストーリー、キャスティング、インパクト、共に、いかにも大仰なつくりの「ナイル殺人事件」からはスケールダウン。一歩及ばないというのが一般評のようです。 しかし確かなプロットとより個性的になったポワロは見もの。何と言っても、南国高級リゾートが醸成する別世界感が秀逸。本作では豪奢な前作とは違った優雅な雰囲気が堪能できます。そして、よりユーモラスさを増したのも特徴。気軽に楽しめるつくりとなっています。 内容は、冒頭、本編とは関係ないと思われるモチーフが最大の伏線。さらに、時間のトリック、入れ替わりのトリック、と、原作の面白さを随処で引き出しています。バランスのよさはシリーズ屈指ではないでしょうか。が、これ以降、ユスチノフ・シリーズはテレビ三作、映画一作が製作されたにもかかわらず評価はやや低調。初期ニ作品ほどの評価は得られなかったようです。
◆史上最強の女流探偵! ミス・マープル 「クリスタル殺人事件」(1980)
[監督] ガイ・ハミルトン
[脚本] ジョナサン・ヘイルズ、バリー・サンドラー
[出演] アンジェラ・ランズベリー、ジェラルディン・チャップリン、トニー・カーティス、エドワード・フォックス、ロック・ハドソン、キム・ノヴァク、エリザベス・テイラー
[内容] 小さな町セント・メアリー・ミードに往年の大スター、マリーナが映画の撮影に訪れる。監督は夫のジェイソン。ある日、関係者を集めたパーティが開催。その最中、犬猿のライバル女優、ローラが現れマリーナの表情が凍りつく。さらに、昔からのマリーナの大ファンという地元のバブコック婦人が毒殺されてしまう。婦人が飲んだカクテルはマリーナが飲むはずのグラスだった。バブコック夫人は人違いで殺されたのか? 事件を知ったミス・マープルは独自に捜査を開始。が、その矢先、マリーナが飲もうとしたコーヒーから毒物が検出される ・・・。
クリスティーが生んだもうひとりの名探偵がミス・マープル。セント・メアリ・ミードという小さな村のごくごく普通のおばあさん。が、その観察力はまさに神業。ポワロが遠大な仮説を立ててそれを検証して行くのに対し、ミス・マープルは日常の些細な出来事を法則化し、そこから疑問点を抽出していきます。事実を機械のように組み立ててゆくポワロ、人間心理の読解に長けたミス・マープル。タイプの違う二人の探偵を書き分けていたクリスティーはやはり天才と呼ばねばなりません。 本作は「鏡は横のひび割れて」が原作。クレジットにはとんでもない大物の名前が次々と現れ、超豪華な配役となりました。が、内容は、というと、舞台が田舎町なせいかちょっとした田園ムード。俳優人に比べるとちょっと地味なつくりかもしれません。一方では、ミス・マープル・シリーズらしい人間心理に焦点を当てたストーリーで、ポワロものでは希薄な情緒的な感傷を深めることができます。 ミス・マープルは、後にはヘレン・ヘイズやジョーン・ヒクソンが演じ、実に優柔な雰囲気を醸し出しています。それに対し本作ではアンジェラ・ランズベリーがやや強面?のミス・マープルを好演。ちなみに近年では「ジェシカおばさんの事件簿」の方が有名。ポワロもそうですが、俳優による違いを楽しむというのも面白い見方です。
◆犯人は誰だ! 究極の推理ゲーム 「そして誰もいなくなった」
(*下記は1974年版のデータと解説)
[監督] ピーター・コリンソン
[脚本] エリッヒ・クローンケ、エンリケ・ロベット、ハリー・アラン・タワーズ
[出演] シャルル・アズナブール、マリア・ローム、リチャード・アッテンボロー、ゲルト・フレーベ、ハーバート・ロム、オリバー・リード
[内容] ある時、砂漠の中の孤立する宮殿に十人の男女が招待される。集まった十人は互いに知らぬ者同士だった。わけが分らぬまま晩餐の席に着く十人。そこに用意されていたのは十体のインディアンの人形。そこにどこからか声が発せられ、十人の犯した罪を並べ始めた。やがて一人、また一人、とマザーグースの歌「十人のインディアン」の通りに殺されていく。どこにも逃げ場のない孤地。残る者たちは、自分たちの中に犯人がいると推理するのだったが ・・・。
原作は同名の長編。度々映像化が行われており、一度目は1945年、監督はフランスの名匠ルネ・クレール(「そして誰もいなくなった」)。二度目は1965年「姿なき殺人者 」。三度目が本作で四度目が1989年「サファリ殺人事件」。原作はミステリー史上の名作とされますが、映画の方はどれも今ひとつ。本作でも殺伐とした雰囲気が先行していることは否めません。 が、当然のこと、プロットの面白さは共通。、この点は、原作様々。十人の人間が一人づつ殺されていく、という緊迫感。その動機は早々と明かされます。法で裁けなかった悪行への制裁。が、犯人は誰なのか? 自分たちの中に犯人がいると知りつつ、一緒にいなければならない恐怖。しかもそこには、さらなる大きな落とし穴が潜んでいたというわけです。本作は見る者にも推理可能な構成ですから、原作を知らない人ならぜひ犯人当てに挑戦してほしいところです。 一方、俳優陣は、ほとんど脇役級ながらネーム・バリューは抜群。この重厚さは映画ファンを喜色させるに十分でしょう。ミステリーとしてより、アドベンチャー風サスペンスとして観れば、見応え十分のような気もします。
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