映画鑑賞記

グリーンマイル
preview The Green Mile(1999/アメリカ/188分)
[監督・脚本] フランク・ダラボン
[原作] スティーブン・キング
[撮影] デビッド・タッターソール
[音楽] トマス・ニューマン

[出演]
トム・ハンクス、デイヴィッド・モース、マイケル・クラーク・ダンカン、ボニー・ハント、ジェームズ・クロムウェル、マイケル・ジェッター、サム・ロックウェル、ダグ・ハッチソン、パトリシア・クラークソン

[評価] ★★★★☆
死刑囚専用の監房に少女殺しで死刑となったコーフィーが収監される。が、コーフィーは優しい男で、しかも人の病気やけがを治す不思議な力が。やがて看守のポールはコーフィーが冤罪であることを知り、コーフィーに助けたいと告げるのだが・・・。不思議な能力を持った一人の囚人が起こす奇跡。冤罪をあえて受け入れるその無垢な心を通して、生の本質、愛の本質、幸福の本質を問いかける感動のドラマ。まさに"泣ける映画"の代表格。
ストーリー
 1935年、ジョージア州コールドマウンテン刑務所の死刑囚専用房。看守の責任者ポールは、時折膀胱あたりの強烈な痛みに襲われて苦しんでいました。部下のパーシーも悩みの種。叔父が有力者であることを鼻にかけながら、死刑囚たちに残酷な仕打ちをして楽しむという男だったのです。しかし親友同然のブルータスなど、他の同僚とは信頼しあう関係。所長とも職場の上下関係以上の深い付き合いでした。
 そんなある日、幼い女の子を殺害したとして死刑になった黒人の大男、コーフィーが護送されてきます。看守たちはその風貌にたじろぎますが、ほどなくコーフィーが優しい心の持ち主であることを悟ります。ある時、ポールは下腹部に激しい痛みを感じて苦しんでいると、コーフィーの呼ぶ声が。行ってみると突然強い力でつかまれてしまいます。しかしコーフィーは不思議な力でポールの悪いところを抜き取っていたのでした。そしてその日以来痛みを感じなくなったポール。またある時、ドラクロワが公然とかわいがっていたねずみ・ミスタージングルスをパーシーが意地悪をして壁にたたきつけてしまいます。しかしコーフィーの手に渡すとミスタージングルスは息を吹き返したのです。
 やがて、監房にはワイルドビルという死刑囚が加わりいきなり大暴れ。看守たちの手を焼かせます。一方そのやさしさと不思議な力で次々と奇跡を起こすコーフィー。彼が殺人を犯したとはとても思えないポールは、冤罪ではないないかと疑い調べ始めます。そしてある時、コーフィーはポールの手を握ると事件の真実を感覚で伝え始めます。そこで真実のすべてを悟ったポール。コーフィーを助けたいと彼に言うのですが、コーフィーは・・・。

コメント
 スティーブン・キングの名作を脚本で定評あるフランク・ダラボンにより映画化。三時間にわたる大作ながら複数のモチーフを巧みに使い分けて統一感を維持。見事なまでの感動作をつくり上げています。タイトルの"グリーンマイル"とは、死刑囚が最後に歩むことになる廊下のこと。これが本当に意味するところはラスト近くに明らかにされるのですが、ちょっと堅苦しく言えば見る者一人一人の"ひととしての本質"を象徴するもの。それは死に対する生。生に対する死。この実体はもちろん見た人がそれぞれに思いをはせるべき問題だといえるでしょう。
 物語の舞台は大恐慌時代の刑務所。死刑囚ばかりを集めて収監しているその一角。人の病気を治したり、人の過去や性質を読み取ったりすることができる不思議な能力を持った男の物語。男が起こす一つ一つの奇跡が実に感動的に描かれています。それは時に痛快ですらあります。そしてこのような心優しい無垢な男が、同じ無垢な心を持つ子供を殺害したという冤罪で裁かれ死刑になるという悲劇。物語では、死に直面するコーフィーが望むことは何だったのか、が描かれています。それはあまりにも切なく悲しいもの。コーフィーが象徴したものは、人間が根源的に背負う"原罪"、と見るのはちょっといきすぎでしょうか。
 ところで、本作の倫理的な問題への嫌悪感を持つ人もいるでしょう。やはり死刑囚を扱う、という重大さ。にもかかわらず凶悪犯罪を犯してきた死刑囚の美化、という点。それを死という一点に昇華させてしまっていて、その代わり贖罪に対する描写が乏しかったのは気になるところではないでしょうか。
 描写といえば、問題となるのは、やはりコーフィーが能力を行使するシーン。シーンでは無数の黒い粒子が舞うところなのですが、冷静に見れば"やりすぎ"の感は否めません。CGを使ったのでしょう。派手なシーンですがかえってわざとらしさを強調した非現実感を表現している結果となっています。コーフィーをモンスターとして描きたかったわけではないでしょうから、ここはもっと静かなシーンにしてもよかったはず。と、思うのですがどうでしょうか。
 それからこちらも問題となっているのが、善人と悪人をどちらも極端に、しかもはっきりと描写しすぎたこと。看守同士の絆や所長夫婦のかかわりなど、このことがかえって感動を呼び寄せることも多いのですが、これも非現実感と引き換えにしてのことで、ストーリーそのものの質を問う声が出てくるのは正直うなずけると思います。
 とはいえ、スクリーンに入り込んでさえしまえば、多くの人にとっては大変な感動作であることには違いありません。涙また涙の思い出の作品として心に残るのではないでしょうか。もりじょうももちろん泣きました。問題を指摘しておいて言うのもなんですが、個々人の感動は作品の質などとは無縁なのですから見ていて気にならない限り、あえて気にする必要もないでしょう。せっかくつくってくれた感動作。本音で言えば純粋に感動して涙したいものです。
* 評価やコメントは、あくまでも、"もりじょう"の個人的な感性に基づくものです。
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