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バリー・リンドンBarry Lyndon (1975年/イギリス/184分)
cinema review ![]() STORY
18世紀半ば、アイルランドの片田舎、ブレディ町。若者レドモンド・バリーはすでに父を亡くし母ベルと二人暮し。ある時、レドモンドは美しい従姉ノーラに初恋をする。そんなレドモンドを誘惑し、受け入れたかに見えたノーラだったが、やがて、町に滞在していた資産家の軍人クイン大尉から言い寄られるとあっさりと鞍替えする。興奮したレドモンドはクイン大尉に決闘を申し込み、そして射殺してしまうのであった。
一転犯罪者として追われる身となったバリーは、単身ダブリンへ逃亡する道を選ぶ。しかし途中で追いはぎに遭い一文無しに。そして仕方なく徴兵に志願する。イギリス軍は大陸への出兵が迫っており、兵不足を補うため、徴兵では過去を問わなかったのだ。そこでバリーは、決闘の立会人をしたグローガン大尉と再会する。が、決闘はバリーを追い出すための陰謀だったことを聞き愕然とする。バリーが撃ったのは麻弾で、クイン大尉は死んでおらず、ノーラと結婚したということだった。 やがてバリーは七年戦争最中の大陸へ出兵する。バリーは戦功を挙げて表彰されるが、窃盗や焼討ちなど、非道な戦争の有様に失望。将校に扮してアイルランドへの脱走を企てる。しかしその途中、同盟国プロシアの将校ポツドルフ大尉のもてなしを受けた際、ふとしたことから脱走兵であることがばれてしまう。そして自分の兵卒になれば許すと言われ、今度はプロシア兵となるのだった。 さらに最低の生活に落ちたバリーだったが、戦場では殊勲を上げ、戦争が終わる頃には、すっかりポツドルフから信頼を得るようになっていた。そしてポツドルフのはからいで、ベルリンで警察に入ることになる。その仕事は、スパイの疑いのあるシュバリエ・ド・バリバリの屋敷に潜入し、証拠をつかむことだった。早速バリーは偽の紹介書を携えてバリバリ邸へ向かう。そこで難なく召使として採用されることになるが、同じアイルランド人のバリバリの姿に接して情がわき、つい自分の正体をばらしてしまう ・・・。 ・・・ ![]() COMMENT
スタンリー・キューブリック監督の大河ドラマ。18世紀後半を舞台にしており、史実はもとより、衣装、背景に至るまで当時の状況を忠実に再現したと言われます。照明を使わず、ろうそくの光だけで撮影したこともあったとか。確かに、光と影が対比の中で融合している映像美は映画史に残るべきものかもしれません。また、当時の貴族社会と戦争の陰影を見事に象徴しているようにも思います。完全主義者らしいキューブリックの個性が良くわかる作品と呼べるでしょう。
しかしそんなところに注目すればキューブリックは怒り出すかもしれません。自然な描写・厳格な時代考証への傾斜は、物語に没頭させるための手段であったはずです。この点、映像美や裏話ばかりが語られ、さほどストーリーに言及されない(との印象が筆者にはあるのですが)本作は、ちょっと不幸な映画となった気もします。 物語は二部構成となっています。貧しいアイルランドの若者レドナルド・バリー(ライアン・オニール)がバリー・リンドンの称号を得るまでの第一部。貴族社会に棲みつつ人生の絶頂期を迎え、しかしみずからの浪費と悪行により再び貧困へと堕ちてゆく第二部。一方、物語のテーマであるバリーの人格の変化から見れば、物語はほぼ三部に分けることができます。物語は、バリーが時代が生んだ運命によって栄え、そして滅んでゆく様を、あるいは翻弄される様が描かれます。これらにはおそらく、戦争の醜悪さ、貴族社会の虚飾ぶり、さらには人間そのものへの諧謔が込められているのだろうと思います。 時代は18世紀半ば、アイルランドの片田舎。主人公バリーは憧れていた従姉への嫉妬から婚約相手に決闘を挑み射殺。逃亡者として町を追われますが追い剥ぎに遭いやむなく軍隊へ。そこで大陸へ出兵。軍功をあげ、めぐりめぐってプロシアの警察に雇われることになるのです。 この前半、物語はバリーという青年の理不尽な不幸を描きます。従姉への盲目的な恋。しかし情熱的な反面世間知らず。だまされ、奪われ、ついには国を追われてしまうのです。また一方では、戦争の醜さを訴えています。ナレーターが言います。戦争は想像するのが楽しいが ・・・、と。七年戦争自体、不毛な戦いだったせいもあるのでしょう。陰では軍隊による集団窃盗や焼討ちが公然と行われていたことを伝えています。 しかし中盤、バリーに決定的な転機が訪れます。賭博士バリバリ(パトリック・マギー)との出会い。放浪生活を送りつつバリバリがいかさまで相手の貴族をだまし、借金はバリーが赴いて回収。時に決闘を強いられる危険な仕事でした。そこでバリーは裕福な結婚相手を物色。ベルギー滞在中のレディ・リンドン(マリサ・ベレンソン)に目をつけます。夫は病弱な老貴族サー・チャールズ。バリーはレディ・リンドンに公然と言い寄り、一方でサー・チャールズの死を待ちます。そしてついにサー・チャールズの死後、レディ・リンドンと結婚。リンドンの称号を手に入れることになります。 中盤、バリーの人格は180度変わったように見えます。己がまねいた変化なのか、環境がバリーをそのように変えたものか?自由を手に入れたものの仕事はイカサマ師。貴族たちから容赦なく金を巻き上げ、金持ちの貴族女性に言い寄り夫の前で平気で不倫を見せ付ける。しかし物語は貴族たちの堕落振りをも浮き彫りにしています。ギャンブルに興じる貴族たち。借金に無頓着でありながら決闘によって借金を踏み倒そうとする我侭振り。サー・チャールズにしても、妻に言い寄るバリーに毒づく以外何もできず、その無力さを象徴しているかのようです。 後半、バリーは人生の絶頂期を迎えます。リンドン家の財産を食いつぶし妻の前でも平然と浮気をする。バリーは醜いエゴイストと化してしまうのです。そんな中、子供が生まれ寵愛。前夫の子・ブリンドン卿(レオン・ヴィタリ)を邪険にし始めます。一方では貴族の身分に固執。莫大な財産を費やして裏工作。が、徒労に終わります。ブリンドン卿への虐待も明るみとなり貴族社会から孤立。ついにはブリンドン卿の復讐を受けることになるわけです。 だまされる側からだます側へ。奪われる側から奪う側へ。バリーの人格は完全に変貌を遂げました。観る者が得た前半のバリーへの同情は真逆の侮蔑へと変わったはずです。その姿はまさに暴君そのもの。が、わが子に示す愛だけは無償でした。バリーに残っていたのは原始的な愛情だけだった、と見るべきか、バリーを変えたのは欺瞞と虚飾に満ちた社会である、と見るべきか。しばしばバリーは決意します。今度こそ紳士たらん、と。が、バリーが真に紳士となることはありませんでした。いずれにしても、バリーの皮肉な人生が人間社会の矛盾への批判に通じていると考えられます。これはキューブリックの多くの作品に共通のテーマかもしれません。 作品は長大で3時間に及びます。また物語は、多分に文芸的で玄人向けの印象を濃くしています。まあ、ちょっと制作者本位、との感もありますが、名作であることは揺るぎないでしょう。映画マニアならストーリー以外の部分をも十分に堪能できるはず。意外と、キューブリックの作品の中ではとっつきやすい方?かもしれません。 |
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