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2010年

2010 (1984年/アメリカ/113分)

[監督]ピーター・ハイアムズ
[原作]アーサー・C・クラーク
[脚本]ピーター・ハイアムズ
[撮影]ピーター・ハイアムズ
[音楽]デビッド・シャイア
[出演]ロイ・シャイダー、ジョン・リスゴー、ヘレン・ミレン、ボブ・バラバン、ケア・デュリア、ダグラス・レイン(声)、マドリン・スミス、ダナ・エルカー

[内容]

 ディスカバリー号の事故から9年、発案者であるフロイド博士はソ連のレオノフ号に同乗。いまだ木星近くにあるディスカバリー号と謎の一枚岩・モノリスの調査に赴く。そしてディスカバリー号に接触。乗員4人をを殺害したコンピュータ・HAL9000を回復させるのだったが ・・・。S・キューブリックの不朽の名作「2001年」の続編。とはいえ対照的なつくり。こちらは現実的なサスペンス色を盛り込んでいる。続編としての批判は多いが映画としての完成度は高い。
[評価]★★★☆☆

cinema review

STORY

 アメリカの探検隊が月でモノリス(一枚岩)を発見。成分不明のその岩は、木星に謎の信号を発していた。2001年、アメリカのディスカバリー号が木星探検へ向かう。が、コンピュータHAL9000はなぜか次々と乗員を殺害。一人残ったボーマン船長はHAL9000の電源を切断。その後巨大なモノリスに遭遇したとの連絡が入るが消息を絶つ。
 2010年、ディスカバリー計画を推進したフロイド博士の元にソ連からモイセヴィチが派遣されてくる。ソ連のレオノフ号が木星に発つという。いまだ木星の月イオの軌道上にあるディスカバリー号とモノリスの調査をしたいフロイドは、レオノフへの同乗を決意。折しも中米で米ソは一触即発。しかし博士は同乗を許され、HAL9000の設計者チャンドラとディスカバリーの設計者であるカーノウと共に木星へと向かう。
 数ヵ月後、木星近く。冷凍睡眠から起こされたフロイドは、ソ連のホルロフ博士から、エウロパには何かがいるとの報告を受ける。ほどなくして送ったエウロパへに探査船も、葉緑素、つまりは有機体の存在を匂わせるデータを送ってきた。しかし探査船は謎の光の飛行体に襲われ、宇宙の彼方へ飛ばされてしまう。フロイドは、これが、近付くなという何者かの警告だと悟る。
 やがて船はイオの軌道上へ到達。ディスカバリー号との接触にも成功。チャンドラがHAL9000の回復を試みる。一方ソ連スタッフは、やはり軌道上にある巨大モノリスへの接近を試みようとしていた。フロイドは危険だと忠告するがターニャ船長は有人探査を強行。マックスが調査に向かう ・・・。

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COMMENT

 1968年の「2001年宇宙の旅」からのインスパイア作品。ストーリー的には続編を目指してつくられました。SFの大家アーサー・C・クラークの壮大なイメージを元につくられた前作では、奇才スタンリー・キューブリックが美を極めた映像で大胆にアレンジ。超難解なエンディングも有名となりました。それはクラークの世界とは異なるものでしたが、映画としての評価は極めて高く、SF映画の金字塔と呼べるでしょう。一方のクラークは同時期にノベライズを行い、これまた高い評価を得るに至っています。が、今回もまた、クラークの世界というよりは、ピーター・ハイアムズのサスペンスの世界が随処で前面に出ています。
 前回、木星探検に向かったディスカバリー号が遭難。コンピュータHAL9000がなぜか乗員四名を殺害。最後の一人、ボーマン船長(ケア・デュリア)がHALの電源を切ります。その後巨大モノリスの調査に単身向かったボーマンでしたが、 "My god, it's full of stars."(字幕「すごい、降るような星だ」)の一言を残して消息を絶つのです。今回の物語はその9年後。ソ連の宇宙船レオノフ号が再び木星探検へと送られます。その中にディスカバリー計画の生みの親フロイド博士(ロイ・シャイダー)が同乗。イオ軌道上(木星の月のひとつ)にあるディスカバリー号とモノリスの調査に赴くわけです。
 やはり興味をひくのは難解な前作の謎解きでしょうか。異常をきたしたHALは相反する命令が同時に与えられたためと判明。モノリスも「知」の象徴としてはっきりと解釈されます。「形のない何かを象徴する」、とのセリフが実に意味深で、これはボーマンが形のない存在に進化したことを暗示するものでもあるのでしょう。分析不能というモノリス。これも物理的な存在を超えていることを証明しています。そしてこれらのすべてが行き着くところが「誕生」である、として物語は結んでいます。最後まで明かされなかったのはモノリスの形の秘密。しかし、1:2:3、の二乗、1:4:9、とは、物事の始まりとそれが革命的な何かであることを物語っていたようでもあります。
 作中には米ソの緊張状態が描かれています。中米でアメリカが海上封鎖、それをソ連の駆逐艦が強行突破、と、一触即発。1960年代のキューバ危機を連想させるシチュエーションをわざわざ設定しています。当時は緊迫感の演出に役立ちましたが、米ソ緊張が解かれた今となってみれば、作品の普遍性を欠く一因になってしまいました。時代の寵児たる映画の性格は否定できませんので、いた仕方のないこととも言えます。
 そしてもうひとつ問題とされたのが、二つの太陽という帰結で、地球環境の危機が叫ばれる現代ではさらに不自然になりつつあります。当然のことながら、夜の来ない地球に起こる変化は、現在の生態系にとっては脅威でしかない、ということが容易に想像されます。作中語られているような「すばらしいこと」とは程遠い現象であると言わざるをえません。しかし、それを平和という一点に昇華させたところに本テーマの価値があることも事実です。ボーマンからの最後のメッセージ。 "Use them together. Use them in peace." (この世界はあなた方みんなのものだ、平和の下に使いなさい) 映画は、この一言を描くために二時間を費やしたと言えるのではないでしょうか。さらに、本当の進化とは人類が平和を実現することにある、とも言えるのでしょう。
 メッセージを描きながらメッセージを一切発しなかったキューブリックの「2001年」。いかにも物語的な物語を描きながらメッセージ然としたメッセージを最後にあふれさせた本作。続編でありながらも実に対照的なつくりとなりました。前作が、現実臭を排し、映画の普遍性に挑んだのに対し、本作では現実の描写に傾倒し、映画の持つ時事性をフルに活かそうとした、と見れなくはないでしょうか。異なる性格の両者を比較すること自体無意味ではありますが、キューブリックの世界とクラーク×ハイアムズの世界がここまで違うものか、と改めて実感します。ただし、「2001」は難解に過ぎ、「2010」は安易に過ぎる、との印象が筆者にはあります。SF映画史上にその名を残した両作。その真の価値はいまだに問われ続けているようです。

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 ピーター・ハイアムズのSFといえばサスペンス映画の傑作となった「カプリコン・1」を思い出します。以降もSF作品が多いのですが、本作と同じ木星を舞台にした「アウトランド」など、特に前半のハイアムズは個性的な作品を創出していました。

www.sasaraan.net

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(c) morijoh