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箱根の坂(はこねのさか)
- 著者 : 司馬遼太郎
- 発行 : 講談社文庫(全三巻)
- あらすじ ...
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京近くの山村・田原の庄。山中小次郎が触れ頭の大道寺太郎に呼ばれていくと、村に預けられていた伊勢家の娘・千萱(ちがや)を京の本家へ送り届けるよう命じられます。そこで荒木兵庫とともに伊勢家の門を叩きますが、出てきたのは鞍をつくっている伊勢新九郎。新九郎は伊勢家の末流で居候同然の身。千萱は新九郎の妹で、そのまま足利将軍義政の弟・義視(よしみ)の館へ入りますが、荒木兵庫と小次郎は、否も応もなく、新九郎の唯一の家来にされてしまいます。
折しも京は応仁の乱が進行中。全国から武将が参集。駿河からも守護・今川義忠が参じていたところ。ある時、偶然にも千萱を見初めた義忠は、ほどなくすると駿河に連れ帰っていきます。一方、京の伊勢家は乱の影響で没落。新九郎も乱に巻き込まれますが、その有様にあきれ果てて、京を捨てて諸国放浪の旅に出ます。この時から新九郎は早雲と名乗るようになります。 やがて、駿河では、千萱はが北川殿と呼ばれるようになり、嫡子・竜王丸をもうけます。が、幼い竜王丸を残して義忠は戦死。一族の者それぞれが幼い竜王丸を倒して守護の座に収まろうという危うい状況。早雲のもとに、千萱から救助を請う知らせが入ります。そして早雲は別れていた荒木兵庫や小次郎を召集。さらに部下を募り、集まったわずか七人で駿河に乗り込むのでしたが ・・・。
- コメント ...
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北条早雲についてはいまだ分からないことが多いようです。氏素性も定かではなく、北条と名乗ったのも早雲ではありません。その後、後北条家が家格を誇った経緯を見れば、本書のようにそれなりの家柄であったかもしれません。しかし、下剋上や領地経営など、その早雲によって戦国時代がはじまったという見方があります。一方では優れた治世を実現。本書では、そんな早雲の知られざる横顔を浮き彫りにしていきます。
彼を生んだとされるのは応仁の乱。この化け物のような出来事、そのイメージを本文では伝えています。その一角を占めるのが将軍継嗣問題や畠山家の領土問題。しかし、文中にあるように、いつ始まったともいつ終わったとも、誰が主役で、何のために、ということもなく、さらにふしぎなことに、勝ったからどうということもなく、負けたからどうということもなく、ただただ疲弊があるのみ。その結果、"権威" なるものが失墜し、しかしだからと言って、これまた何ということもない。古来、これほど奇妙な戦があったでしょうか。 同様に戦国時代。これもその始まりは定かでなく、ただ、応仁の乱が引きがねとなった、とのみ言われます。応仁の乱がどれほど影響したのか、それとも自然の流れだったのか。ともかくも国人・地侍が台頭したのです。彼らの勢力がついには守護・地頭を凌ぎ半ば独立すると治者が立ち行かなくなり、すると、弱い主を戴いている家臣たちは自分たちの死活問題となる。そこで弱い主と共に衰退することを恐れれば、それを倒し、より強い者が治者となる。いわゆる下克上は、自然な流れでもあったのでしょう。しかし、ここに明らかな変化があります。それが北条早雲であり、彼によって戦国時代が確定したと言えるのではないでしょうか。本書ではその過程を早雲の目を通して、さらにはその心情と重ね合わせて記述してあるので、読者は時代の流れの本質をも辿ることができます。
物語は、名門伊勢家の末流で鞍づくりをしていた伊勢新九郎のもとに、妹の千萱(ちがや)がやって来るところから始まります。千萱はほどなく駿河守護・今川義忠に嫁いで駿河へ。その間伊勢家は京を追われ、新九郎も放浪の旅へ出ます。しかし、今川義忠が亡くなり、千萱とその子・竜王丸が継嗣争いに巻き込まれていると駿河から急報。新九郎は叔父として駿河に出向き、千萱と竜王丸を助けることになります。 物語では、新九郎と千萱が本物の兄弟ではないとされていて、ちょっとしたロマンスも展開しますが、家系にやかましかった時代で、しかも名門の家柄ですから、そこがあいまいということは実際はないように思います。しかし、本書の特徴に、二人のやり取りほかで頻出する "歌" が挙げられます。特に歌心のある人にはもうひとつの楽しみではないでしょうか。じっくりと堪能したいところだと思います。それはともかく、晩成と言えばこれほどの晩成はないでしょう。駿河に渡ったのが四十半ば。駿河平定にさらに十年。早雲が世に出るのはこれより後となるのです。 さて、乱世は進行します。その兆しとなる現象や出来事はいくらでも挙げることができます。が、一国を獲る、というおそるべき一大事業に着手したのは早雲が最初ではないでしょうか。そして早雲は、伊豆を支配していた、幕府の分身である堀越公方を滅ぼしてしまうのです。1491年、この時早雲六十歳。相模の国を支配するにはさらに二十年以上を要します。戦国時代の総決算を成し遂げた徳川家康もまた長寿を味方につけた一人。反対に戦国の世をスタートさせた早雲は、半ば長寿によって、ついにこの国最初の戦国大名となるわけです。 が、本書の早雲は、簒奪者、という位置づけではありません。この点、同様に一国をもぎ取った斉藤道三などとは印象を異にしています。本書の早雲像は、礼と権威の人であり、それらを民衆と同格に考えた人物ということになっています。はたして歴代の後北条氏が善政を布いたことからも、その人物像が信憑性を帯びたものであると察せられます。が、当然、これらは同時に並び立たないという本質を持っており、つまりは致命的な矛盾と言え、あるいは、が故に戦国時代の特質とも言うことができます。 さらに言えば、応仁の乱より失墜し続けた礼と権威が粉々に破壊されるまでには、織田信長の登場を待たねばなりません。驚くべきことにその間百年。その信長が早雲が庇護した今川家を滅亡のきっかけをつくり、その家臣であった豊臣秀吉が早雲の子孫を滅ぼすとついに新たな権威を確立します。北条より始まり北条にて終わった戦国時代。皮肉なことに、早雲の矛盾は、後北条氏の滅亡と共に解決されることとなったわけです。
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物語で早雲が後ろ盾をするのが今川氏親。後にその子・義元が領土を拡げ、今川家最盛期を築くことになります。 皆川博子の「戦国幻野」は今川家の興亡を描いた作品。織田信長が桶狭間で義元を討って名を上げたのは周知の歴史です。
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(c) morijoh |