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花神

(かしん)

著者 : 司馬遼太郎
発行 : 新潮文庫(全三巻)
あらすじ ...
 屈指の蘭医学塾、大阪の適塾。師・緒方洪庵のもとに一人の若者が入門してきます。若者は、周防国鋳銭司(すぜんじ)村村医の跡継ぎ・村田蔵六。わずか一年間で第一級生となった蔵六は一年間長崎に遊学して蘭語を習熟。適塾に戻った翌年には塾頭となります。
 ある時、蘭書を写しに備前岡山へ赴きます。行き先はシーボルトの弟子の一人、石井宗謙。その途中、沼の茶屋。もちを注文した蔵六の前に現れたのは碧眼の女性。後に、女性はお産を診に訪れていた女医で、シーボルトの娘・イネだと知ります。さらに、訪れた石井宗謙の家でイネと再会。イネは宗謙と同棲していたのでした。が、この時、蔵六はイネの美しさに魅かれ、イネもまた蔵六に興味をそそられていました。蔵六が去った少し後、イネは宗謙の許を去り、長崎で開業することになります。
 一方の蔵六は適塾での生活に戻るも、やがて故郷の父・孝益に呼び戻され家業を継ぐことになります。父に薦められるまま、同じ村のお琴と結婚。しかし愛想のない蔵六の診療所ははやりませんでした。
 その間の嘉永六年、浦賀にペリーの黒船が来航します。その年、伊予宇和島藩に、元シーボルトの弟子・二宮敬作という蘭医が勤めていました。黒船を見て啓蒙され、藩の科学技術を高めたいと考えた藩主・伊達宗城(むねなり)は蘭学者を探索。敬作に相談します。敬作は大阪を訪れ、さらに旧知の緒方洪庵に相談。洪庵は蔵六を推薦します。
 ほどなく、蔵六は敬作の請いを受け、単身伊予へとわたります。が、敬作は長崎でくすぶっていたイネをも連れてきて、蔵六の家に住まわせてしまいます。敬作は、昔イネの教育係であり、日々気にかけていたのです。イネは蔵六から蘭学を教わることになりましたが、二人共に心中は穏やかではありません。そんな中、江戸から宗城が帰郷。蔵六に蒸気船をつくるよう命じます。一介の蘭医に過ぎない蔵六でしたが蒸気船づくりに奔走。これが蔵六の運命を変えることになります ・・・。
コメント ...
 花神とは花咲じいさんのことだそうです。幕末、坂本竜馬を背景として革命が実現し、しかしその最後の仕上げをしたのが村田蔵六(大村益次郎)。もともとはただの村医。しかし幕府の第二次長州征伐(四境戦争)の際の長州側の参謀であり、江戸の内戦(上野戦争)より後は新政府軍の司令官。いずれも少ない戦力を抜群の用兵で乗り切った類希なる戦略家として知られます。戦術を積み重ねることしかできなかった当時の指揮官たちの中にあって、国家レベルの軍事戦略を描き得たほとんど唯一の人物であり、戦術をその手段と捉えて微細に設計し得た天才でもあります。最後の一人、この大村益次郎が出なければ革命は成功しなかった、と著者は思い入れを込めて記しています。
 村田蔵六は、文政7年(1824)、周防国鋳銭司(すぜんじ)村に生まれます。医術が家業で蔵六もまた家業を継ぎます。ただし、その性分のせいで、あまり評判は良くなかったようです。ともかくも、幸運だったのは大阪の適塾で蘭学を学んだことで、これがもとで嘉永6年(1853)、若くして伊予宇和島藩に迎えられることとなるわけです。
 安政4年(1857)には、後に自分が倒すことになる幕府の講武所の教授となっているのはおもしろいところ。万延元年(1860)には請われて長州藩に移籍。慶応2年(1866)、第二次長州征伐において石州口を直接指揮。瞬く間に連勝を重ね、鬼才を発揮します。
 物語では、シーボルトと滝の娘・失本イネ(しもといね、のち楠本イネ、1827-1903) とのラブストーリーも描かれ、大いに物語の情緒面を支えています。イネは当時珍しい女医。蔵六のもとで蘭学を学んだことで親密になります。が、運命と言えるのかどうか。蔵六の最期を看取った人物ともなりました。このイネの数奇な物語もまた非常に興味深いものとなりました。

 蔵六とはどんな人物だったのか。村人に、「お暑うございます」、と話しかけられ、「夏は暑いのが当たり前です」、と答えたといいますから、相当の変人と言わざるを得ません。つまりは理に明るく情に暗い、そんなイメージが筆者にはあります。
 ある宿でのこと。夜、主が急患を診てほしいと頼みに来ますが、蔵六は医者を呼ぶように、とのみ主に言い返したそうです。薬がないからそう言ったまでのことですが、主には、診てくれないのか、と倣岸に見えたとの事。またこんな話しも紹介されています。鋳銭司(すぜんじ)村で開業してしばらく。父・孝益が何でも葛根湯を出していたのに、蔵六は必要ないと言って出さなかったそうです。しかし患者を安心させるだけでも出した方が良いと父に言われるのです。
 およそ機械仕掛けのような男、とは決して言い過ぎではない気がします。他人の心をおもんばかることのできなかった人のようです。著者は言います。 " この男は自分の発言や行動について理由を説明したことがなかった、これが幸運でもあり不運でもあった " と。とにかくも、ひどく誤解を受けやすい人物であったことは確かなようで、全編に、著者のそんな同情心が見え隠れしています。
 が、一方では、ある種の天才であったことも確かで、蒸気船を蘭書だけでつくってしまったことは、ちょっと信じがたい事実です。当時、蔵六は科学者というわけではなく、一介の村医者に過ぎなかったわけですから二重の奇跡ともいえます。何より、蔵六が意外にも学者肌の人間ではないとも見れるのではないでしょうか。
 その蔵六の運命を変えたのが四賢候のひとり、伊達宗城(むねなり)。実は、宗城についての記述などは貴重で、非常に興味深い部分でもあります。他の三人(島津斉彬・松平慶永・山内豊信)については幕末ものに頻繁に登場してきますが、宗城についてはほとんど記されることがありません。伊予宇和島十万石、と、小大名というわけではありませんが、他の薩摩(77万石)・福井(50万石)・土佐(24万石)に比べるとやはり劣ってしまいます。こんなところに、この藩が革命に遅れをとった一因があるのかも知れません。

 後半では幕末おなじみの人物が次々と登場。特に江戸における西郷隆盛との対比は実に鮮やか。この前後、蔵六の活躍ぶりもピークに達し、下巻のみを何回も読み返した、という人も多いのではないでしょうか。ストーリー自体、抜群のおもしろさを発揮しています。が、前述したその性分から人に憎まれることも多く、結局は暗殺されてしまうわけです。明治二年、享年46歳。桂小五郎は、この凶報を聞いて、これで新政府はおしまいだ、とまで思ったそうです。
 蔵六自身は政治思想には淡白で、ましてや攻撃的な人物ではまったくなく、むしろ軍人的素養は皆無に近いといえたのではないでしょうか。その点、天才ゆえに大将に担ぎ上げられただけだといえます。そんなことを考えていると、後世に名を残したとはいえ、はたして蔵六の一生は幸せなものであったのかどうか。つい感傷的になってしまいます。
 本書は、個人的には、「竜馬がゆく」の続編のような感覚。捉え方に個人差はあるにしても、この二人が引き続いて登場したことで、" 倒幕〜明治維新 " が完成したのだ、と見れると思います。結果的に、どちらが欠けても偉業は達成し得なかったのことに疑いの余地はないでしょう。志に倒れた何百何千もの屍がひとつの種となり、それを大木にまで育てたのが坂本竜馬。枯れ木となりかけたその大木に花を咲かせたのが大村益次郎である、と。読み終われば、筆者もすっかり著者の想いに染まってしまったようです。

・・・ 関連作品 ・・・
 司馬遼太郎の幕末ものといえば「竜馬がゆく」。幕末ものの傑作ですが、竜馬は本作ではちょっとしか出てきません。
 倒幕の主役となった薩摩と長州。蔵六が参謀を務めた長州藩を描いたのが「世に棲む日日」。吉田松陰や高杉新作らが登場します。
 一方の薩摩藩から描いたのが「翔ぶが如く」。こちらの主人公は、西郷隆盛や大久保利通。
 本作の終盤、蔵六のライバルのような存在になっている西郷隆盛は幕末の英雄ですが、蔵六は隆盛をまったく評価していなかったと伝えられています。

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