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剣の天地

(けんのてんち)

著者 : 池波正太郎
発行 : 新潮文庫
あらすじ ...
 戦国時代。上野の国は戦乱の真っ只中にありました。平井城主の関東管領・上杉憲政の権威もすでになく、関東一円を手中に収めようとする北条氏康がしばしば侵入してきていました。上杉憲政が最も頼みにするのが箕輪城主・長野業政(なりまさ)。大胡(おおご)城主・上泉伊勢守秀綱はその業政の傘下にありました。
 ある時、剣豪として名高い秀綱の許に十河(そごう)九郎兵衛が果し合いを挑みにやってきます。拒み続ける秀綱でしたが、ある時突如として襲撃。片目を失明させ撃退しますが、後年九郎兵衛は再起。機会あるたびに秀綱に果たし状を送りつけてくることになります。
 やがて上杉憲政は北条氏康の攻撃に耐えかね、城を捨て逃亡。越後の長尾景虎(後の上杉謙信)を頼ります。景虎はこれを気に関東へ進出。長野業政や秀綱もこれに協力することに。しかし今度は甲斐の武田信玄が本格的に上州に進出してきます。そして長野業政の死をきっかけに上杉方の勢力は衰え、ついに長野家は信玄に滅ぼされることとなります。
 秀綱は焼け落ちる箕輪城から何とか脱出。これを機に隠居を決意します。そしてを常陸介秀胤(ひでたね)に家督を譲り、自身は戦国武将の身を捨て、一介の剣士としてわずかな共を連れ諸国を巡りはじめます。やがて柳生の里からの誘いを受け応じることにした一行。そこで、柳生宗厳(むねよし)との運命的な出会いを果たすことになります。
コメント ...
 時代劇でしばしば耳にする「柳生新陰流」とは、新陰流を柳生家が受け継ぎさらに独創を加えた剣法のこと。その元になったのが、本作の主人公上泉秀綱(のち信綱)が極めた「新陰流」。さらにその元をたどれば、愛洲移香斎 の「陰流」になるのだとか。本書は、戦国時代、戦国武将であることを捨て、剣の道に身を投じた上泉秀綱の数奇な人生を描きます。といっても物語の七割以上は戦国時代の上州での攻防戦を描いたものであり、歴史小説としての醍醐味を十二分に味わうことができます。
 物語は天文14年(1545)、上泉秀綱38歳の時から始まります。序盤では、長野業政(なりまさ)の次女・於富が登場。婚約中にもかかわらず秀綱と通じ子を孕んでしまいます。ところが於富はそのまま嫁ぎ、嫁ぎ先・小幡図書の子として育て始めるのです。やがてこの子・千丸がめぐりめぐって上泉家を継ぐこととなります。
 於富の物語は本作ではかなりの比重を占めています。男女の機微を描くことに長けた作者らしい演出と言えます。於富はまたいかにも戦国時代の娘。剣を秀綱に習い、合戦にも参加。その逸話が残っているほどだといいますから、腕は相当なものだったのでしょう。
 一方で、戦国時代は剣より弓槍の時代ですから、秀綱の技術がどこまで重宝されたのかは分りません。本書では決して秀綱をヒーロー扱いしておらず人間臭さを残しています。これもまた池波歴史小説の特徴と呼べます。剣に自信をのぞかせながら、みずからに戦国武将としては能力不足であることを言わしめています。やがて秀綱は、戦国武将であることを止め、一介の剣士として放浪を始めるのですが、そのことが、日本の剣術史に多大な影響を及ぼすことになるわけです。秀綱が教えを説いた人物は、柳生宗厳(むねよし)を筆頭に、十三代将軍義輝、大納言山科言継、丸目長恵(九州の武将)、など。
 物語はまた、十河(そごう)九郎兵衛というライバルをつくり上げています。序盤から随処に見え隠れするこの剣士との対決がこの物語のラストシーンとなっています。映像化すればさぞや壮絶なシーンになるだろうと思いますが、いまだ実現してはいないようです。ただし、黒澤明監督の「七人の侍」(1954)には、秀綱の逸話(子供を人質に立てこもった盗人を退治する話)が登場します。
 秀綱は一時武田信玄と懇意にしていた時期があり、その折に「信」の一字を貰い受けたのだとか。放浪時の名前は信綱の方が通りがいいようです。その最期はよく知られていないようで、天正五年(1577)とも天正十年(1982)とも言われています。



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