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その名は町野主水

(そのなはまちのもんど)

著者 : 中村彰彦
発行 : 角川文庫
あらすじ ...
 慶応四年(1868)年、越後の会津領飛地に、町野源之助という男が弟の久吉とともに赴任してきます。入牢中の身でありながら、京の蛤御門の変で脱走してまで戦場に駆けた罪を許された末の派遣でした。その実直豪放な性質から瞬く間に地元に溶け込んだ源之助でしたが、折も折、大政奉還が成り、さらに会津藩は鳥羽伏見の戦いで敗走していた時期でもありました。
 やがて官軍である新政府軍が賊軍討伐として進軍してきます。源之助もわずかな兵を率いてこれに対抗しますが敗退、久吉は討ち死にしてしまいます。その後、巻き返しを図る源之助でしたが、奮戦むなしく本拠鶴ヶ城まで退却します。が、城はすでに官軍が包囲しており、源之助は転戦を繰り返します。ようやく敵の刃をかいくぐって入城できたとき、会津は降伏する直前でした。
 降伏後藩は消滅、さらに源之助は妻子がすでに自刃して果てたことを知ります。皆が散り散りになる中、源之助は新政府から民生局取締に任命され、打ち棄てられたままになっていた無数の会津兵たちの亡骸の埋葬に力を注ぐことになります。これらは賊徒ということで埋葬が禁じられていたのでした。
 その後も、政府の会津への差別政策にも関わらず、源之助は貧窮する元藩士たちや市民への支援、戦乱で荒廃しきった会津の復興に尽力します。そして、頑固に己の信念を貫き通す源之助は、すっかり会津名物となり、最後の会津武士と謳われるようになります。そんな源之助も、数々の逸話をつくって大正12年にこの世を去ることになるのですが、その遺言はとんでもないものでした・・・。
コメント ...
 幕末から明治にかけて、武士の心を貫いた会津藩士・町野主水の物語。幕末は総じて暗い、という印象があります。暗殺、陰謀、裏切り等々。情、というものが余り感じられないのです。一大革命期にはそんな人の醜いところが露になることが多いようです。本作で取り上げられている会津藩もその一つでしょう。
 事は悲運の藩主松平容保が、京都守護職という得体の知れない役職を幕府から押し付けられたことに始まります。しかも時勢を読む才に乏しかった会津藩は、新撰組、蛤御門の変、鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争、と、後の新政府を構成する薩長土肥にことごとく敵対し、大いに憎まれてしまう結果となります。当然、新政府には憎悪の念を持って見られ、戦後、会津人が長く差別される要因となるわけです。
 会津兵の死体が棄てられたままに、とはかなりの惨状だったでしょう。その数、千体以上ということです。また、鶴ヶ城をめぐる戦いに際して、多くの武家の妻子が自刃したとか、町が燃えるのを城が落ちたと勘違いして自刃してしまう白虎隊の物語など、悲惨なエピソードも本作品には挿入されています。記録は研究者しか見ませんが、小説はたくさんの人の目に触れます。創作作品とはいえ、このような歴史小説は、歴史を伝えていくという点でも、貴重なのではないでしょうか。
 さて、作品ですが、とてもテンポがいいのです。一つ一つのエピソードが、長すぎず、かといって読めばちゃんと情景が目に浮かぶほどの、ちょうどいい按配の長さなのです。町野主水(もんど)の物語のみならず、歴史上の様々なエピソードも紹介されています。これらも決して深入りすることはありません。が、事件の本質は簡潔にまとめられてます。中村明彦というお方、どうも只者ではありません。
 町野主水、という人の魅力。直情径行で周りにたしなめられることもしばしば。およそ憎しみというものを知らない人で、その代わり人情には篤い。その性質から、上の者からはかわいがられ、同僚からは慕われ、下の者からは尊敬される、という人物です。ただし、物語中では、決して主水をヒーロー扱いするだけではなく、その短慮ぶり、欠点もしっかり描いていきます。
 作品中、主水に関わる様々なエピソードが紹介されており、そのどれもが印象的です。敗色濃厚となった鶴ヶ城での一幕。上司である重臣たちが、死者を棺に入れてやりたいが、と話し合っています。死んでいった仲間をろくに埋葬もできない現場を知っている主水は、「お手前方は何を下らぬ話をしているのだ。会津兵はひとり残らず斬り死にするのだ。その後、いったい誰が後始末をするのだ。」、と、殿様のいる席で一喝します。どのシーンも人を感動させるには十分な迫力です。どれも結局、主水の一言がクライマックスとなり、それを作者はたびたびクローズアップしてくるので余計印象が深くなります。

 近代の歴史物なら資料も豊富。ということで、創作でおもしろくできる部分は限られてくると思うのですが、巧みな筆致で終始読者の心を捉えて離しません。余計なことですが、年号もちゃんと西暦入りです。なので、文久三年って何年?、なんてこともありません。読者に優しいつくりとなっております。
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