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読書録
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おとこの秘図
(おとこのひず)
著者 : 池波正太郎
発行 : 新潮文庫(全三巻)
あらすじ ...
二千二百石あまりの大身旗本・徳山家。妾腹の子として父・重俊に疎まれていた権十郎。母には幼い頃に死なれ、しかし用人・柴田宗兵衛とその出戻り娘・千が乳母となって権十郎を助け、さらに、幼い時に亡くなった母の実家・駿河屋又兵衛も陰ながら権十郎を見守ります。
やがて、少年となった権十郎は堀内道場へ入門。堀内源左衛門に目を掛けられながら剣の修行に没頭することに。浪人・佐和口忠蔵とも親しくなり、生涯ふしぎな縁で結ばれることとなります。そんな中、長子・右近が急死。権十郎が次の徳山家の世子に。ところが重俊は、権十郎を憎むあまり刺客を雇って襲わせることに。が、権十郎は逆に刺客を退け、重俊と仕業と調べをつけると父を問い詰めてやり込めてしまいます。
その頃、慕っていた堀内源左衛門が死去。佐和口忠蔵も旅に出てしまい権十郎は寂しい思いに捉われます。そしてほどなく、父重俊が自分を勘当する根回しを始めたのを知ると、権十郎は着の身着のままで突如出奔。家のことを思い煩うよりも剣客に、と決意し、佐和口忠蔵を慕い、大阪に妹がいると言っていたのを頼りに大阪へ。
一方、重俊はこれ幸いと養子を迎えて家を継がせようと画策を始めます。これを防ごうと用人・柴田右衛門と権十郎の若党・小沼治作は権十郎探しに奔走。その頃、道中の権十郎は、暴徒に襲われていた父娘を見かけ助けることに。喜平治というその男は、権十郎が道中切手を持たないことを知ると、恩返しにと助けてくれることになったのですが ・・・。
コメント ...
個人的には池波作品の中で最もお気に入りの作品です。性が合うのかどうか。というのも、ふしぎなことに、「真田太平記」や「鬼平犯科帳」のような名の通っているわけではありませんが、読み始めると毎度止まらなくなってしまうのが本作。筆者にとっては特別感慨深い作品なのです。
時は元禄、徳川綱吉の時代。物語は、徳山権十郎(五兵衛)の生涯、六十数年のできごとを綴ったもの。妾腹の子として父に疎まれ、母を幼くして亡くしながらも用人・柴田宗衛門や乳母・千らに支えられてついに徳山家を継ぎ、思いがけず将軍吉宗を助けるという話。機微細やかな池波作品らしく、権十郎と様々な人々との出会い、ふれあい、別れが感動的に描かれています。
ただ、歴史小説家や時代劇作家の多くは、巧みなキャラクターづくりをしますが、多彩さはあまりありません。本作の主人公権十郎も、幼少時父に疎まれ放蕩、剣の道に進みやがて火付盗賊改方長官に、と、どこか鬼平のキャラクターに通じるところがあります。一方では池波氏はよほどお気に入りらしく、「堀部安兵衛」など、徳山五兵衛を他の作品にも顔を出させているのはおもしろいところです。
さて、おとこの秘図とはいったい何なのか。これがまた、生々しい色事をさらっと描いてしまう池山作品らしいところ。それはまず、権十郎が京でねんごろとなったお梶からもらった巻物のこと。そこには宮廷の男女の絡みが描かれており、諸事厳格で乳房も触らせない妻勢以への欲求不満もあって、権十郎はその虜となってしまうのです。やがて、見るだけでは飽き足らなくなった権十郎はみずから筆を執り始めます。そして生涯をかけて、ついに秘戯図一巻を完成させてしまうのです。おとこの秘図とは、おのれの一生を象徴したものなのかどうか。ともかくもさらに興味深いのはここからとなります。死に際して妻に焼き捨てさせようとした秘戯図。しかし妻・勢以はひそかに巻物を取り出してしまうことになるわけです。
本作は文庫本にして1,600ページにも及び、そのほとんどを主人公徳山権十郎の描写に費やしています。しかし、その本編は、権十郎が死を迎える、この最後の十ページにのみあるような気がしてなりません。それまでの99パーセント以上はこのための振りだったのではないでしょうか。権十郎の重いとは裏腹に、おとこの秘図が代々受け継がれていく様は、一体何を物語るのでしょうか。洒落っ気たっぷりの結末である一方、人の一生の悲哀、喜び、はかなさ、滑稽さを一瞬のものとして象徴しているように思えます。とりもなおさず、"ひとの一生" そのものを描ききったものであるとは見れないでしょうか。
本筋からは逸れますが、無論、池波作品のことですから、歴史ものとしての背景描写もぬかりはありません。序盤ではいきなり忠臣蔵の話が登場してきます。堀部安兵衛については独立した作品にもなっており、こちらにも徳山五兵衛は登場しています。さらには吉宗の代となって起こる様々な椿事、暗殺未遂事件や天一坊事件、尾張宗春との確執なども登場します。池波作品では人の面から歴史を振り返るところがあって、直感的なわかりやすさが嬉しいところです。
いずれにせよ、人情の機微については他の作品と同様かそれ以上に感動的なもの、と個人的には感じます。特に、瞬発力に優れた「鬼平」や「剣客」などとはまた違ったおもしろさを実感することができます。登場人物たちの機微に浸りながら、一行一行じっくりと読み進めたい作品ではないでしょうか。
・・・ 関連作品 ・・・
本作で徳山五兵衛の息子の面倒を見るのが堀部安兵衛。高田馬場の決闘と赤穂浪士の討ち入りに関わった英雄として知られます。
この安兵衛の生涯を描いたのが
「堀部安兵衛」
。本作は創作時代劇風ですが、こちらは伝記風の歴史小説となっています。
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(c) morijoh