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竜馬がゆく

(りょうまがゆく)

著者 : 司馬遼太郎
発行 : 新潮文庫(全八巻)
あらすじ ...
 土佐藩郷士・坂本竜馬は十九歳となり、剣術修行のため江戸へ上り千葉道場へ入門。土佐藩邸で相住まいとなったのは人望が厚く、後に土佐藩の勤皇運動の中心となる武市半平太。しばらく剣に没頭し腕をあげていた頃、浦賀沖にペリーの黒船四隻が出現。幕府に開国を迫ります。そんな中、海防のため竜馬も駆り出され、はじめて黒船を目にすることに。そしてその威力を垣間見て、船への思いを強くするのでした。
 翌年再びペリー艦隊が来航。二港の開港が決まりますがなお停泊。竜馬も再び警護につくことに。そのさなか、評判の高い長州藩の陣地を偵察するよう藩から密命が下ります。折りよく催された剣術試合にかこつけて侵入。抜け出して探ろうとした途中、長州藩の桂小五郎に遭遇。すっかり懇意になり、桂から洋威と国難について聞かされると、すっかり感化されてしまいます。さらに桂の師・吉田松陰が黒船に乗ろうとして拒絶されるという事件が発生。松陰は逮捕されますが、竜馬は時流が急速に動き始めていることを実感するのでした。
 とはいえ、まだ学も志もない竜馬は剣術に集中することを決意。やがて最高位の大目録皆伝をもらう段になると一時帰国。すると家老福岡家の妹・お田鶴が黒船の話を聞きに竜馬の許を訪れます。やがて勤皇運動で奔走することになるお田鶴は、竜馬の話を聞くと、攘夷には倒幕が必要だと説いて逆に竜馬を驚かせることに。
 再び江戸へ向かった竜馬。武市は攘夷の旗の下に郷士をまとめつつありました。そして竜馬の英雄の気質を見抜いていた武市は、竜馬に志を植え付けようと度々訪れるようになります。そんな時、幕府では倣岸不屈といわれる彦根候井伊直弼が大老に就任。志士たちの弾圧へと動きはじめます。それでも未だ剣技を練るだけの竜馬。が、時代の風雲は徐々に竜馬を巻き込んでいきます ・・・。
コメント ...
 司馬遼太郎作品は幕末ものが充実しています。中でも最も有名なのが本作。歴史小説の傑作にして幕末ものの頂点と呼ぶにふさわしい作品ではないでしょうか。幕末の二大事業、薩長同盟と大政奉還。両方に関わったのが坂本竜馬。本書には、その坂本竜馬の人間的魅力がみちあふれています。一方では、革命の詳細な記録、著者自身の独特の解釈がバランスよく散りばめられているのが見事。さらには著者の感情までもが表現されているところに並々ならぬ思い入れを感じ取ることができます。
 坂本竜馬は土佐の郷士の子に生まれます。この郷士というのが土佐独特のもので、その起こりは関が原以降山内一豊の支配が始まったときにまでさかのぼります。土佐を支配していた長曽我部(ちょうそかべ)氏が追放されたあと、一豊は土佐武士を嫌い、郷士として疎んじ、さらには虐げるようになったのです。大功なく土佐二十四万石を賜った山内家とその家臣団は極端な佐幕であり、身分を落とされた郷士は極端な反幕である、という不思議な構図が土佐に出来上がったのはそのためです。しかし、薩長とともに土佐藩が革命の表舞台に立つことができたのは、この郷士たちの存在と活躍によるものであることは紛れもありません。
 物語は竜馬の幼少時代から入ります。12歳まで寝小便をしていたことや泣き虫であったこと。姉の乙女や兄の権平など家族の描写とともに情感豊かに語られてゆきます。やがて剣の道を志し、江戸の千葉道場に入門するわけですが、若者の頃の竜馬は思想面では見るべきところがなく、むしろ淡白であったと言います。その点、作中あるように晩成型であったのかもしれません。一方で、物語は竜馬の女性関係にも及びます。後に妻となるおりょう。千葉道場のさなこ。土佐藩上士の娘で女志士・お田鶴。そんな気の多さもまた常人ではない証なのでしょうか。そんな中、勝海舟に船を学びつつ、徐々に勤皇攘夷の運動に巻き込まれていくわけです。
 物語のクライマックスは薩長同盟。文庫本では第六巻に当たります。西郷隆盛も桂小五郎も自分から同盟を言い出さず、無為に会合を開いているのを見て、めったに怒らない竜馬が怒ります。桂は言います。長州は今滅びようとしている。そんな長州から同盟を言い出せば物乞いになる。それよりは死を選ぶ。長州が滅びてもまだ薩摩がある、とまで。それを聞いた竜馬は西郷に詰めより、ついに、長州がかわいそうではないか、と叫ぶのです。著者は語ります。この一言を書きたいがために何千枚も費やしたのだ、と。未だ藩という呪縛の中にある両者。そんなものを屁とも思わなず、俺は日本人だ、とうそぶく竜馬。が、ここで竜馬は、長州という藩に同情するのです。ここに、竜馬という人物の本質があるわけです。
 物語の最終章。竜馬は大政奉還をも成し遂げます。敵である徳川慶喜に同情する姿。そして、革命最大の功労者でありながら新政府に参加しないという潔さ。世界の海援隊をやる、という稀有壮大さ。が、竜馬は死ななければならない、と、いささか感傷的に、著者はその最期を描きます。生涯殺生を嫌った竜馬。その後の流血をどう思うでしょうか。あるいは竜馬であれば止めることができたのでしょうか。いずれにせよ、竜馬がいなければ革命の成就が危うかったことは間違いありません。やがて、竜馬の思想がそのまま新政府に継承され、日本の近代化や民主化に大いに貢献することになるわけですが、感情的には、"日本の恩人" と呼べる気がしてなりません。総じて暗い幕末、という時勢。しかし唯一の光が、坂本竜馬ではなかったでしょうか。
 竜馬という人物の魅力ははかり知ることができません。とりわけ注目すべきは、物事の本質を見抜く力でしょうか。システムそのものが形骸化し、つまりは手段が目的を凌駕していた時代、竜馬の存在は時代が求めたものであったとも見ることができます。時に現代でも目的を忘れ手段にこだわってしまうのはよくあること。そんなところに竜馬の優れた人物像の秘密があるのではないでしょうか。
 この物語のおもしろさは司馬作品随一と呼べるでしょう。特に、竜馬のみならず、様々な登場人物の個性豊かな姿は、他の司馬作品と比べても珍しいもので、本書の多面性を支える一因にもなっています。文庫本にして八巻の長丁場ですが、一気に読み進めた人も多いのではないでしょうか。近代日本の誕生を竜馬を通して見る。もしかしたら、これが最も正しい幕末史なのかもしれません。

・・・ 関連作品 ・・・
 坂本竜馬の生まれ育った土佐の殿様は山内容堂。英明といわれながら藩への固執、郷士への蔑みなどが抜けきらなかった人物だったようです。「酔って候」はその容堂を描いた短編。
 竜馬が仲介して実現した薩長同盟。「世に棲む日日」は長州藩から、「翔ぶが如く」は薩摩藩から幕末維新を描いています。
 竜馬の暗躍が実を結んだともいえる大政奉還。将軍・慶喜はその決断をして竜馬を感動させました。「最後の将軍」は慶喜を描いた貴重な作品です。

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