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義経

(よしつね)

著者 : 司馬遼太郎
発行 : 文春文庫(全二巻)
あらすじ ...
 ある日、平凡な貴族である一条長成のもとに常盤が嫁してきます。常盤は非業の死を遂げた源義朝の妻。三人の子の助命と引き換え同然に平清盛に抱かれた挙句のことでした。そして子の二人は僧へ、末子牛若も鞍馬山へ稚児として預けられることになります。その牛若は、自分が源氏の嫡流であることを知らず、長成の子と信じていましたが、やがて、僧に身をやつしていた義朝の郎党・鎌田正近が訪れ、義朝の子であることを洩らします。そしてその日から、日々の鍛錬に力を入れ、平氏打倒を誓うようになります。
 数年後、十六歳になった遮那王(牛若)は僧になることを避けるため、奥州の金商人・吉次について奥州藤原氏のもとへ。途中、元服し義経と名を改め、奥州では貴人の待遇を受けますが、挙兵どころか無為に日々を過ごしてしまいます。
 その間、蛭が小島に流されていた兄・頼朝は、有力御家人北条氏の長女政子を娶り戦力を得ることに。やがて、都では源行家が暗躍。以仁王をそそのかして平家追討の令旨を得ると全国の源氏に挙兵を促します。が、頼朝は立たず、その間挙兵した源頼政・仲綱父子が討たれてしまいます。源氏狩りは伊豆にも及び、頼朝はやむなく挙兵。緒戦で敗れはしますが富士川で平家軍を撃退。鎌倉に本拠を築いていきます。
 一方、信濃から勢力を伸ばしてきた源義仲は倶梨伽羅峠で平家に大勝。ほどなく京へ攻め上り占領に成功しますが、乱暴狼藉がはなはだしく、公家たちから見放されてしまいます。その頃、鎌倉に駆けつけたにもかかわらず冷遇されていた義経。京に兵糧を送るため、始めて小勢ながら軍を任されることに。その途中、頼朝に義仲追討の命が下されると、義経は鮮やかに京を奪還。が、その華々しさに反して、独断専横と源家嫡流という驕りから他将からは疎まれてしまいます。さらに法皇は子供じみた義経を見抜き、自分の勢力に引き込んで利用しようと画策を始めます ・・・。
コメント ...
 義経について書かれた小説は数知れずありますが、司馬遼太郎著というとやはり特別な感慨を持ってしまいます。とかく義経は、その悲劇性から、多分に英雄視されるところがあり、事実どういう人物だったのかが今ひとつ正しく伝わっていないように思います。そのカリスマ性についても良く触れられます。が、最後、義経に従った武将はどれほどのものであったのか。一の谷、屋島、壇ノ浦、と、華々しい戦ぶりも、いずれも薄氷であったことは明らかです。魔術的な軍神と恐れられる一方、将としての致命的な何かがあったことは否めないようです。本書はその義経を冷静に見つめ、実像に迫った作品です。
 本作の序盤は劇的に始まります。常盤が一条長成に下るところから始まり、源義朝の一の郎党・鎌田正近が牛若を見い出し、その素性を教えるまで。が、この三人はこの後、物語から一切消えてしまいます。そして、多分にドラマチックに始まった前半に比べ、中盤からは歴史への冷静な目が物語りに注がれることになるのです。この序盤の様変わりだけは構成上の違和感を感じるかもしれません。
 やがて義経は奥州藤原氏のもとへ身を寄せ頼朝挙兵を聞いて鎌倉へ駆けつけるのですが、ここから物語の目は頼朝、そして木曾義仲にも注がれることになります。さらには背後で暗躍する叔父・行家。やがて義仲を討つため義経は京へ攻め入り、この瞬間から、義経の名は平家や朝廷にも知られるところとなります。
 そして後半、義経は頼朝や他将に疎まれながらも次々と戦功を上げ、それがかえって新たなしこりを生んでいく様が描かれます。ここには、映画やテレビドラマのように過度に美化した義経の姿はありません。みずからが滅亡へ向かっていく様が克明に描かれていきます。この義経を通して、読者は真の歴史小説を見せ付けられると言えます。運命や誤解で済ませる他の義経ものとの決定的な差が、司馬義経にはあるのです。
 物語は、朝廷が心ならずも武家に政治を渡していく様子も描かれています。貴族社会が崩れるなど想像だにできない朝廷。しかし、武家社会を目指す鎌倉は、年貢の長集権を獲得し、賞罰の権利を獲得し、ついに全国の武士を掌握してまうのです。後の朝廷の没落を思えば、頼朝追討の院宣を下し、義経に賭けるしかなかったのかもしれません。
 その義経。本文中にあるように、"一種の痴呆" とまではさすがに言いませんが、子供のような正確だったことは確かなようで、本作でも駄々っ子のようなわがままぶりが描かれています。しかしそれは、多分に育った場所の違いが影響しているように思えます。人との関わりが希薄な鞍馬の山寺に隠れ住んでいた義経。血を重んじる平家や貴族の近くで育ったことを思えば、血筋への妄信はある種必然だったのかもしれません。一方、頼朝は常に人との関わりに気を遣わなければならなかったという状況。自然、政治感覚に研ぎ澄まされ、武士たちが望むところに敏感になったのではないでしょうか。
 あくまでも源氏対平氏にこだわった義経。しかし世の流れは平氏一門対武家社会であり、その流れを生んだのは平清盛の一門重視の姿勢でした。その流れをいち早く察知して時流を読み切った頼朝。二人の溝はついに埋まることがありませんでした。そしてついに頼朝は思います。"義経を殺さねば自分が殺される" と。実際、義経追討にはそれに近い感覚があったのではないでしょうか。義経の上方人気と奥州との関わりを考えれば、それは頼朝にとっても大きな賭けであったはずです。
 が、最後、義経は死を選びます。義仲追討、平家追討という時流に乗って登場した義経は、時流を理解することができず、あっという間に滅んでいったのです。そして、それをまねいたのは、頼朝や讒言した武将たちというよりは、義経自身の振る舞いに他ならなかったと言わざるを得ません。
 義経、という人物のふしぎさを端的に描いた司馬義経。本作では、"物語の中の義経" ではなく、"歴史の中の義経" に触れることになるのかもしれません。

・・・ 関連作品 ・・・
 2005年のNHK大河の原作はこちらではなく「宮尾本平家物語」(宮尾登美子)。平家の台頭から物語は描かれます。
 また、兄・頼朝の生涯を描いたのが、古典的ですが、吉川英治の「源頼朝」。頼朝の妻・政子から時代を見つめたのが「北条政子」(永井路子)。こちらは昔の大河「草燃ゆる」の原作となりました。

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